100411 魔王軍すごす
ひろーい執務室で執務中。
魔王は魔物たちから複数の報告を受け、思うところあって唸った。

このところ、どの魔物の種族も間引かれることがとんと無いというのだ。道理で最近なかなか変異アナウンスを聞かないと思った。


そういえばここしばらく、勇者に取っ捕まった覚えがない。スマキにされている間は勇者のスキルを封じ込めてやれるため、以前はよく作戦のひとつとして捕まえさせてやっていたものだが。…破壊神さまの判断で。

しかし近頃は、勇者が自分を捕まえるまでに魔物が全力で倒しに向かっていく。
それはまさに何が何でも、といった体で、まず勇者が入ってくるなり軍勢でもってガツンと仕掛け(とダンジョン上部の魔物から報告を受けている)、自分が勇者に見つかった直後には即座にツルハシが現れ、すぐそこに巨大な穴を掘ってでも魔物をわんさか生み出し捕縛を阻止されている。


それはなんだか、無理をされているようにも思えて。
魔王はにわかに破壊神さま、と呟いた。どうされたのですか。



「…あー、ぐだぐだ考えても破壊神さまの考えることとかわからんわ。破壊神さま、おいで下さい!」



魔王は椅子を鳴らして立ち上がり、両腕をかざして手に魔力を込めた。
力の働く気配がして、執務机の向こうにポンッと現れたのは破壊神さまのツルハシ。いつも通りゆったりと空中に浮いている。
何があったか知らないが、少なくとも呼び出せばこうやって現れて下さることにほっとした。



「破壊神さま、この頃作戦の傾向に変化が見られるようですが、何かありましたか?もしや掘りトモの破壊神さまから新たな影響でも受けたんですかね?」



破壊神さまとのコミュニケーションは魔王たるもの必須の技術。破壊神さまはツルハシに姿を託して現れるが、あちらから言葉を発して下さることはない。
ゆえにこちらからガンガン話しかけ、なんとなく反応を読み取ったり必要そうなアドバイスを見極め、助言して差し上げる手腕が重要なのである。

まあ今ではそれも慣れたこと。喋りながら情報を組み立て、破壊神さまの思考を読み解いていく。…雰囲気で。ノリで。



「もしかして、魔物を間引いたり、私を勇者に捕まえさせるのがカワイソウ、なんて思ってますか?」



今回思ったことはそれだった。
自らの手で生み出した魔物を、自らの手で殺して間引くこと。私をワザと勇者に捕まえさせて引き摺らせること。


私、上手くいかずに負ける度に文句言ってますもんね。魔物たちもカワイイですもんね。それを気にされたんでしょうか。
優しい破壊神さま。



「思いやりは大変嬉しいんですが、そんなことしてると掘パワー、余計にムダにしちゃいますぞ!使えるモノは、使えばイイんです」

「間引かれた魔物は新しく生まれてくる魔物の力になりますし、私だってスマキにされても、勇者たちのスキル封じ込めるってがんばりますから!」

「要は、最終的にアヤツらをみんな倒して下されば、それでイイのです。ちょっとのギセイで大きな成果。コケでトカゲおとこを釣る、ですぞ!」



思ったことを一気に並べ立てると、ツルハシはしばらく思案気に浮き沈みし、それから晴れた青空のような爽やかさを醸し出してフッと消えた。
…青空、というのもなんとなくだが。


とりあえず一応は納得していただけたようだと、魔王は一息ついて再び椅子に座った。少し冷めてしまった紅茶を流し込む。
書類処理を再開しようとペンを取り、しかしふとツルハシが浮いていた空間を見つめてしまう。



魔物を間引くのに戸惑って下さるなんて。…私が引き摺られるのをわざわざ阻止して下さるなんて。
本当は…ちょっと嬉しいんですよ。破壊神さま。


魔王は僅かに口角を持ち上げ目を細めて、それから書類の山に手を伸ばした。











…という一連の流れを、同じ室内のリラックススペースから見ていた名前は、可笑しいやらくすぐったいやらで盛大に緩む口元を手で隠した。
たまたま紅茶係兼ムスメのお喋り相手を務めていたのであった。

いつもならツルハシにかけられる魔王の言葉が伝わってくるものを、今日は珍しく直接聞くことができた。それだけでも幸運なのに、その内容といったら。


向かいに座るムスメが「普段からツルハシ指導してやんなきゃなんて、魔王も大変なんだの」と溢した。







魔物たちやあなたが傷つくのは見たくないと思うから。



***


数日後、すまきにされてダンジョンの半ばほどまで引き摺りまわされた魔王がツルハシに「久しぶりの感覚ですなあ」と笑いかける場面に、名前も居合わせた。
つい笑ってしまって名前は口ずさむ。コケでおとこを釣る!

スキルを封じられた勇者は、当然のごとく帰り道で魔物たちにボコボコにシメられたのだった。
最低限の犠牲で最凶の魔王軍、
ね。







あきゅろす。
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