090828 さくやこのはな

北央学園高等部。
外部からの受験もあるが、基本中等部からエスカレータ式の高校である。
部活動においてはかるた部や囲碁部・将棋部、他吹奏楽部など主に多く文化系の部活が毎年その名を轟かせる。

元よりその伝統の下に集う経験者も多いが、部としては常により戦力が欲しいもので、才能を眠らせた新人の発掘も欠かせない。
しかし頭脳戦を主とする部活は手当たり次第に生徒を勧誘する訳にはいかない。オベンキョウが苦手な体力自慢を引き込んでも仕方ないからだ。望ましいのはある程度の思考力、忍耐力。そして何より指導を受け入れる素直さを持つこと。
また中等部から上がってくる内部生については、既に各自部活に所属しているか、帰宅部を決め込んでいるかのどちらかで、勧誘の効果はあまり期待出来ない。
そういった様々な条件を考慮すると、当然勧誘の対象は限られてくる。


得てして────入学後初の席次で上位に食い込んだ外部生なんかは、それはもう格好の勧誘の的なのである。





「あっ、いましたいました。あれですよ」

「…どれだよ」

「ほら、あの窓際の、えー今誰かと…2対1で話してる」

「ヒョロ、茶髪とかショートとかで表現しろって。眼鏡とか」

「……眼鏡ではないです」



果たしてかるた部も例外ではない。夏の全国大会で東京代表5連覇達成中、新入生の経験者も既に集まってはいるが、有望な人材ならば初心者でも抑えておきたい。他の部に取られる前に。

都合のいいことに、中等部から継続してかるた部所属のヒョロのクラスから、トップ10入りの外部生が出たという。入学直後の実力テストといえば上位は外部生が占めるのが定番だが、その中でもこの生徒は未だ部活に所属していないとのこと。最高の獲物である。
どこよりも先に声をかけておきたかったが、当のヒョロに勧誘させるには多少不安がある…もといとりあえず部長がその目で見極めるべきとして、須藤はヒョロを従えて1年のクラスが並ぶ階へやって来ていた。


辺りを見回す。懐かしい、と須藤は思う。
2年前、自分もここにいたのだ。

内部生同士ならばお互い4年目の付き合いになるのだろう、それなりに慣れた雰囲気であるが、中等部と高等部ではシャツとネクタイが変わる。
着慣れない制服を身に纏う新入生はどこか初々しい。まったく新しい制服になったであろう外部生は尚更だ。その差が一目でわかる。

制服に着られている、という表現を思い浮かべて、須藤は微かに笑った。かつて自分もそうだったのだろうか。



「須藤先輩、あれですって。前からえーとイチ、ニ、サン、4列目の」

「2対1だろ、見ればわかる。…チッ、先超されたかな」

「え?」

「2対1の2の方。囲碁部の部長と副部長」

「…えええっ」



ヒョロが悲惨な声を上げる。勢いで勧誘対象の情報をメモした紙がぐしゃりと握り潰された。
須藤はそれを横目で見ながら、しかし、と例の新入生を見やった。
本人は席に着いたまま、側に立つ3年の部長と副部長を相手に、なんとも落ち着いた様子で話を聞いているようだ。手元には開いたまま軽く伏せられた文庫本。それなりに肝が据わっているということか。…ますます欲しい人材だ。

「ど、どうするんですかっ」
ヒョロが小声で喚く。…どうしようか。このまま目の前で奪われるのをみすみす見逃してやるのは多少プライドに障る。が、ここであの新入生をあからさまに横取りすれば囲碁部に睨まれることになる。同じ文系の部としてそれは非常に面倒くさい。どうしたものか。

色々と考えを巡らせてはみるが、結局辿り着いたのは少々忍耐の要る結論だった。
アイツが、囲碁部の勧誘を断るのを待つしかないか。
手の出せないことが苛立たしい。思わずもう一度舌を打つ。ヒョロが怯えて肩を揺らした。


せめて勧誘がどちらに転ぶ流れなのか見極めようと目を細めて、ふと彼女の手元の文庫本の表紙が目に入った。柔らかなクリーム色に映える4字のタイトル。





「だから、まずは一度部活を見学に…」


「悪いけど、俺たちが先約だから」



気がついたら2対1の間に入って、彼女の腕を掴んでいた。
囲碁部の連中の驚いた顔。喋っていた形のままに口がぽかんと開いている。
それを真正面から少し眺めて、ふと掴んだ腕の先を見下ろした。わずかに目を見開いてこちらを見上げる新入生。────苗字名前。

なるべく無理矢理にならないように腕を引いて「行くぞ」と促すと、彼女は戸惑いながらも素直に立ち上がった。ガタンと椅子が鳴る。
その僅かな間、須藤は机の上のクリーム色に、一瞬目をやった。
まだ固まったままの囲碁部の間を無言で抜けながら、掴んだままの腕を引いていく。
2人の視線が呆然とこちらを追うばかりで何も文句を言ってこないのをいいことに、須藤はさっさと教室を出て「え?せんぱ、…え?…痛っ」混乱気味のヒョロを軽くはたいて歩き続けた。



結局、「かるた部 顧問・持田」と書かれた部室の前に辿り着くまで、彼女は一言も喋らなかった。
…ヒョロは始終喚いていたが。

腕を放すと、彼女は掴まれていた箇所を左手でそっと押さえた。
頭1つ分の身長差があるから、向こうが正面を見るか俯くかしていると視線が合わなくなる。こちらが見下ろす一方だ。



「悪いな」

「……、いえ」

「囲碁部、もしかして入りたかった?」



今更になってその疑問を感じていた。
尋ねると、彼女はふとこちらを見上げ、再度視線を戻してから可笑しそうにふ、と息を吐き出した。



「…いえ」



…あ、そ。

存外に柔らかい返事が返ってきて、少しの沈黙の後に須藤はがしがしと頭を掻いた。

何というか、変な展開だ。自分がいうのもアレだが。
囲碁部に勧誘を受けていた彼女を、強制的に引っ張ってきた。彼女は囲碁部に入る気になっていた訳ではないらしい。それはいい。
いつの間にかヒョロも騒ぐのを止めていた。どこかから騒音が聞こえるが人気はない放課後の廊下に3人佇んで、微妙な沈黙が落ちる。

人気がないのは放課後になって大分時間が経つからだ。帰る者は疾うに学校を出て、部活生は練習の準備を終える頃だろう。かるた部もそろそろ、畳を叩く音が響き出すはずだ。



「…あー、うん、こうやって連れて来といて何だけど、俺らも勧誘なんだよね」

「…かるた部ですか」

「そう。百人一首な」

「北央は強いんでしたっけ」

「一応、東京代表で5連覇」

「…うーん…凄い…んですよね」

「まぁかるた知らねぇならピンとこないか」

「はぁ」

「やるぞ、かるた。多分お前強くなるから」



言い放つと、流石に困惑したように眉を寄せる。
だけどもう、自信があった。来年にはきっと北央の抜擢メンバーの末席くらいには滑り込む人材だ。それだけの基盤があるだろう。同学年の中で上位を勝ち取るほどに受験勉強を続けてきた忍耐力、その中で培われただろう思考力。
そして今、無理に連れてこられながらも、きちんと目を見て人の話に耳を傾ける素直さ。



「…なんでですか」

「なんででもだよ」



ニィと笑うとますます顔を顰める。自分には好ましい反応だ。
彼女は困ったようにキョロキョロと辺りを見て、ヒョロを見つけると味方を見つけたとでもいうように表情を和らげた。会って日は浅くとも、クラスメートだからだろうか。
彼女のその反応を見たヒョロは助けを求められたと感じたらしい。あたふたと口を挟んだ。



「そっそういえば須藤先輩、どうして急に苗字をかっさらったりしたんですか!あれあの…大丈夫なんですか、囲碁部」

「さあ」

「さあって!」

「…文庫本がさ」

「へ?」

「苗字」

「…あ、はい?」

「小説読んでたろ。よしもとばななの」

「キッチン、ですか」

「俺もあれ、好きだから。感性が似てんのかなと思って」

「…まさか須藤先輩、それで思わず連れてきちゃったと」

「多分な。あー囲碁部の奴ら何か言ってくるかなぁ…面倒くせ」



せんぱぁぁぁい!!
ヒョロの悲鳴に重なって、バァン!と畳を叩く音が複数響いた。今日の1枚目が読まれたか。
それなりに大きな音に苗字はびくっと肩を竦ませて部室のドアを見た。無意識にか、一歩こちらへ近づいて寄り添う形になる。大人の後ろに隠れる幼子のようだ。

対照的にヒョロはパッと意気揚々とした表情になって「それじゃあボクは先に中入ってます!」と素早くドアの向こうへ消えていった。…あいつも相当のかるたバカだ。

しばらくして、再び畳を叩く、音が響く。



「つーかヒョロのやつクラスメート置いてっていいのかよ…」

「…あの、これ、何の音ですか。すごい音…」

「は?…あぁ、札取るって畳叩く音だよ。すごい勢いで札取るから」

「……かるたって」



何なんだ、と分かりやすく眉をしかめて部室を見る後輩。
それはまた懐かしい問いだった。技術的な意味で、心理的な意味で、何度も問うた。
かるたとは何か。
…こいつが今、そんな深い意味で言ったとは思わないけど。

今度は腕ではなく手を掴まえて、ドアに手をかける。
この小さな手が、指先がきっと、そう遠くないうちに札を払う。今は想像もつかないほどに、速く。



「教えてやるよ。今日はついててやるから、まず見てみな」



あ、と戸惑うような声が漏れて、掴まえただけの手がぎゅっと握られる。引き留められた。
まだ何かあんのか、と見下ろすと、大分緊張の解れたそれと目があった。



「えっと、その…。須藤先輩、で、いいんですよね」

「…あー悪い、まだ自己紹介してなかったっけ。北央3年カルタ部部長、須藤暁人です。よろしく」

「あ、1年の苗字名前です。よろしくお願いします」

「知ってる。よろしくは入部の時に改めて言えな」



まだかるたを知らない瞳が好奇心に彩られて輝く。
育てよう、と思った。他でもない自分が連れてきた、こいつを。それこそいろはの「い」から叩き込んで。


ドアを開ける。
並ぶ背中。陣を象る札。一瞬の静けさ。
読み手が息を吸い込んで───畳を叩く音がする。




さくやこのはな



ようこそ、北央学園高等部かるた部へ。





‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


あまりsっ気を発揮できなかった須藤先輩でした…
キッチンは有名どころからタイトルをお借りしただけで、内容は存じませんすみません(´`)
抜擢メンバーには入れても入れなくても美味しいです。入れなかったらドSを拝むいい機会になるはず。

予選後や近江神宮での個人戦の話も書きたいところ!


※追記
原作では北央学園は 男 子 校 でした。不覚…!
共学でイメージを固めてしまったため、当サイトではそのまま共学設定で参ります。ご了承下さい。







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