090406 どの症状がお好みですか


「君が苗字さん?…で合ってるのかな」


とある日の昼食時間の食堂で、背中から声をかけてきたのは小牧教官だった。
わたしはうどんをすする手を止め、口の中の分を飲み込んでから「はい」と応えた。
こんなふうに教官から特に話しかけられることもないわたしだ。何の用だろう。

小牧教官は「それ食べてからでいいから話を聞いてもらえないかな」とにっこり微笑んだ。
ちょ、やめてくださいファンクラブに殺されたらどうしてくれんですかと叫ぶ代わりに黙って丼を覗く。麺あと何本あんのかな。







ビシバシと容赦ない視線から逃げるように自販機のあるロビーまで連れ出されて、チャリン・ピッ・ガタゴトン、まあどうぞと差し出されたのはレモンティーの缶。狙ったようにわたしの好きなメーカーのものだったので大人しく頂いてしまった。いいね、食後に紅茶かあ。


「堂上教官…ですか」

「ああ。彼、ここのところやたら忙しそうにしていてね。とっくに面倒いくつも抱えてるのに、他に回せばいい仕事までいちいち自分で片付けようとするんだよ。向こうの班に迷惑かけられないとか言って」

「あーやりそうですねぇ」

「明日の会議と視察だってわざわざ堂上が出なくてもいいのに行くって言って聞かないんだ。あんなのに出るより寝てればいいのに」

「はあ。寝てればいいのに?」

「そう。寝てればいいのに」


べつに逃げる気なんてなかったけれどレモンティーで完全に退路を断たれ、がっつり腰を据える形になって小牧教官が語り始めたことといえば、小牧教官とセットで見かけることの多い堂上教官のことだった。

どうやら彼は最近働きすぎで、小牧教官からすれば無理をしているようにしか思えないと。
で、明日堂上教官が参加・出ることになっている会議と余所の視察はお偉いさん方相手のぶっちゃけカタチだけのもので言ってみればクソだから(「ちょ、小牧教官そんな」「いいのいいの。皆言ってるし」「………」)、この機会にどうしても彼を休ませたいのだそうだ。以上まとめでした。


「それで、わたしに何をしろとおっしゃるんですか」

「だから堂上に明日の会議と諸々を欠席させて欲しいんだ」

「……そのための細かいプランは?」

「ないよ。君に任せる」


丸投げかよ!!
いち図書隊員がどうやって教官に仕事をサボらせるっていうんだよ!
しかもサボらせたいのは堅物と評判のあの堂上教官ときた。無茶だ。
わたしに堂上教官を口説き落とす手練手管があるとでも!

汗をかきはじめた缶を持ち直しながら、手の中のそれを恨めしく思った。このレモンティーが美味しいのが悪いんだ…!奢られちゃったから断れないじゃないか!

ぐるぐると頭を巡る文句を、それでも口には出さず黙りこくったわたしに小牧教官はくすりと笑った。


「苗字さん、こんなことをどうして君に頼むと思う?」


どうしてわたしに。

それはいかにも確信犯らしい問いで、そして小牧教官らしい。うつむいて缶を気持ち睨んでいるわたしには見えないが、教官は今、小悪魔みたいな笑みを浮かべているんだろう。
わたしの返事を待たずに「興味深い噂を聞いたんだ」と小牧教官は続けた。


「菌を目視出来るとか」

「…誰にそれを」

「秘密」


もはや隠しようもなかった。
実際のところ、苗字名前は菌が見える、なんて、噂になるはずがない。たくさんの人が興味を持つから噂たりうるのだ。
大体、どの教官がかっこいいだの誰それが別れただのと話題は山ほどある中で、誰がいちいち菌の話題を選ぶだろうか。
あのコ菌が見えるんだって、へえ何それ。そんなやりとりじゃ話のネタにもなりゃしない。

わたしがここ図書隊に所属してから今に至るまで、このことを直接教えたのは片手で数えて指が余るほどの信頼できる人たちだけ。皆、誰にも話さないと誓ってくれた。
そして小牧教官が知っているのは、噂ではなく、事実だ。
まったく良いソースをお持ちのようで。


思いきり目を瞑って開けて、缶を煽って飲み干した。
さっぱりとした甘味、喉ごしさわやか。やっぱレモンティーに罪はないよな。

缶を自販機横のごみ箱に落とし、わたしはすっくと立ち上がった。


「引き受けます。レモンティーごちそうさまでした」

「え、どこ行くの」

「ちょっと保健室行ってよさそうな菌捕まえてきます」


そう言うと、小牧教官は目を丸くし、初めて申し訳なさそうにごめんね、ありがとうと微笑んだ。
わたしは心から笑った。誰に聞いたか知らないが、菌が見えるなんて狂言を疑いもせずに信じてくれてありがとう小牧教官。


やってやろうじゃないですか。無茶だけど無理じゃない。
申し訳ないけど、明日の堂上教官にはベッドに沈んでいてもらおう。







夕食時の食堂でほうれん草のお浸しと共に堂上教官の口へ飛び込んでいったライノウイルスはよく働いてくれたらしく、わたしは翌日の昼食時に再び笑顔の小牧教官に出くわすことになった。その手には既に例のレモンティー缶。

だからファンクラブが怖いんですってば。







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小牧教官と友情ゆめ的な^^
菌の設定に関してはもうやっちまったとしか言えない。もやしもん好きです。
ライノは風邪系の菌…という解釈でいいと思いますたぶん
^^


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