090326 たまに愛よりも尊いもの
もしかしたら慰められたかったのかもしれない。
あるいは構ってもらいたかったのかも。
いや、ほんと衝動的だったからよくわからないんだけど。
あいつら、俺の怪我がそこまで酷くなくアメフト人生を断ちやしない程で、そのうえ俺が特に落ち込んでないと分かったらひとしきりわっと泣いて安堵してあっさりいつもの態度に戻ったからね。
前より覇気も練習量も増してたけど。それを頼もしくも思ったりしたけど。
ただ、この子だけは、俺が壊れた時から一度も泣かなかったって聞いたことをふと思い出したのだ。
相内が俺たちを残して部室を出ていく、その時に。
塞いでいた柔らかな唇を、最後に軽く吸ってそっと離す。頬に添えた手はそのまま。
二人きりの部室。ドアの向こうから鈍く届くあいつらの掛け声。
見ていると、閉じていた瞼は、睫毛を震わせてゆっくりと押し上げられた。
黒の双眼がこちらを捉える。そして俺もちょっと冷静になった、ああしまった俺何やってんの。
この子は怒るだろうか、驚くか、それとも逃げるか。彼氏でもないやつにキスなんてされて。
「…トップ、目指せばいいじゃないですか」
彼女は呟くように言った。しっかりした声音。
罵倒と驚愕と脱走のどれもせず、不条理な口付けのことも何も言わずに、名前は静かにそこに留まっている。
「…それ、俺に言ってるんだよねえ?」
「………」
何を思っているのかわからない双眼はひたすらこちらを見つめている。一方的なキスの罪悪感が掻き消えた。
QBのトップ。
西部ワイルドガンマンズが、日本高校アメフト界のトップ。
白秋戦でとんでもない怪物を相手にしながら、全身を支配した疼き。渇き。
「…マネージャー、これからも俺たちをよろしく頼むよ」
頬からそっと手を離すと、名前は瞳を揺らめかせて唇を真一文字に結んだ。
泣くかと思ったが、結局その場で彼女が泣くことはなかった。
たまに愛よりも尊いもの
つまり俺は、今までとは違う、がむしゃらに挑む貪欲な姿勢を誰かに認めてもらいたかったのかね。
名前は後押ししてくれた。だから多分、この先誰が俺の言動に驚こうとも、この子は俺の為すことを平然と認めてくれるだろう。
その心強いこと。
頑張ってみるよ。
もう一度、彼女は口付けを黙って受け入れた。
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白秋戦のショックが収まってきた頃
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