090305 輝く何か


比奈さんみたく育っていたら、と思う。
いつものこと。



「あっ、おはよう名前ちゃん!早いわねー」

「はよーございまーす」

「ふふ、眠たそうね」

「…ちょっと」



朝からその人が綺麗に笑う。この笑顔を見れば、途端に1日の始まりが華やかになる。気分は右肩上がり。朝会えたら幸せなのだ。本当に。
朝イチで好きな人におはようと言われるのに、少し似ている。



***



甲斐谷くんと二人、お弁当やらパンやらを抱えて上り階段を全力ダッシュ。当然甲斐谷くんが先を行き、思いっきりドアをブチ開けて少し乱れた息を整える。
離せば自然に閉まる少し重いドアを、既に満身総意なわたしが到着するまで押さえて待っていてくれる。紳士だなぁ。

けれど何かと細やかに配られる優しさはわたしには分不相応じゃないかな…と前に比奈さんに漏らすと「そんなとこでキッドくんの真似しちゃダメよ!」…ものすごく抗議された。



「「すみません遅くなりました!!」」

「あ、来た来た!遅いわよー陸くん名前ちゃん!もーお腹空いて死にそうだわ」

「相内…君休み時間の度に何かしら摘まんでるでしょ」

「あれだけじゃ全然足んないもの!早く食べよーう」



晴れた日のお昼に比奈さんからメールが来たら、屋上に揃ってお弁当。会話のついでに部活についてのマジメな話題がちょこちょこ挟まれたり。
この誘いをかけてもらえることが、どれだけ嬉しいか。


***



そして放課後、部活動時。
比奈さんがいちばんイキイキしてるのはこの時だ、やっぱり。

比奈さんが胸いっぱいに吸い込んだ息を、一気にホイッスルに吹き込む。わたしは軽く耳を押さえた。甲高く響く。



「休憩入りまーーす!」



比奈さんはわたしよりずっとくるくると動き回って働いているのに、ドリンクとタオルを配ってまわるときの笑顔といったら、額に少しばかり汗を滲ませて、もう、キラッキラだ。本人がとても楽しそうなのが効くんだろうな。
見てるとつられて笑顔になる分には朝の比じゃない。
これが、部員がへたれてくる部活後半には相対的にますます輝いて見えるのだ。

比奈さんの笑顔に皆助けられてるから、もし比奈さんが休んだりしたら部活動の時間をきっと1時間は減らさなきゃなんないだろう。
…いや、仕事量も考えると比奈さんいなかったらわたし死ぬな。2時間もたねーや。


ぐだぐだと考えながら、わたしも配ってまわる。少しでも比奈さんの働きに近づけるように笑顔を心がけつつ。



「キッドさんもお疲れさまです。どーぞ」

「ああ、ありがと」

「鉄馬さんもお疲れさまです」

「……む」



ちなみに、比奈さんは牛島キャプテンのとこに行くと笑顔のキラキラが3割増しくらいになって、頬が少ーし上気する。かわいいな。



***



今日もがんばりました。…疲れた。

マネージャーは部活が終わるほんのちょっと前に部室を借りて、先に着替える。その間選手さんたちはドリンクやタオルと共にストレッチなどしつつクールダウン。そしてミーティング。
比奈さんとわたしが出ても大抵はまだミーティングは続いていて、終わりの挨拶とほぼ同時にどわっと皆が入り、部室が閉まる。

部活中にも時間を見ながら終わりに向けて片付けを済ませていくので、そんなに仕事は残ってない。
最後まで終えたら皆が出てくるまでほんの少しの自由時間だ。


比奈さんが水道へ向かっていて暇だった。もう星の見える空をめいっぱい首を傾けて見上げながらぼんやりとグラウンドへ出ていく。ついさっきまで熱苦しく繰り広げられていた熱闘とのギャップがものすごい。

しばらくひとり夜風を楽しんでいると、後ろでジャリ、と足音がした。比奈さんかなと思って振り返ると、



「やぁ、お疲れ」

「キッドさん。早いですね」

「何だか牛島がふざけていてねぇ…巻き込まれる前に逃げてきたよ」



だった。キャプテン元気だな。比奈さんもいつも部活後までニコニコしてるくらい体力あるからいい勝負…いや、お似合い…いや、野暮だな。止そう。
何となく苦笑してしまう雰囲気で、静かで、キッドさんはテンガロンハットに手をやった。



「俺の見る限り、今日はずっと相内を見ていたようだけど」



どうかしたのかねぇ?

あまりにも穏やかな調子で言うには、比奈さんを嫉妬や羨望から守るための予防線でもないらしく、またわたしを心配してみたわけでもないような、いっそそれ一人言?みたいなキッドさんの台詞。

だけど、キッドさんからこんな、人の心に突っ込んでくるような問い掛けがあるのは珍しいことで、聞こえなかったふりで流してしまうのは惜しい…ような気が。する。



「比奈さんてやっぱミス西部ですよね。本気で、比奈さんになってみたいなぁとか…。そういうことをちょっと。はい」



キッドさんの目はテンガロンハットの唾に隠された。キッドさんの方が何かを…怖れてる、のかな?
まさかでしょう。わたしが比奈さんに劣等感抱くとか?それで関係にヒビが入るかもとか。そういう心配ですか?
いやいやそんな、ね。今更。

キッドさんは言い辛そうに口にした。



「あー、ほら…名前は名前で、ちゃんと必要とされてるんだから」

「それは嬉しいっすねー」

「……意外と余裕なんだねぇ…。もしかして今、遊んでる?俺で」

「!!?  じ、冗談言わないで下さい!」



ちょっと気を抜いたら恐ろしいこと言ってくれるなこの人!
ちょいと唾を持ち上げたキッドさんは心底仰天したわたしのビビり具合を見て、可笑しそうに笑った。
何やってんですかね、わたしたち。こんな暗いグラウンドで。



「わたしはわたしで、まぁいいかなって思ってるんです。比奈さんになれたら最高ですけど、わたしでもいっか、みたいな…わかりますかね?」

「ああ、まあ何となくは」

「…キッドさんで言えば、キッドさんはキッドさんであってこそ、えーと一番いい、みたいな…?」

「それはちょっと褒める方向?」

「…ちょっとだけ」

「はは。どうもね」



とりあえず話が通じたかな、と安心したところで、キャプテンが集まれの怒号?を叫んだ。
ひぇっと肩を竦めて、キッドさんと小走りで部室へと向かう。

キャプテンの側に立つ比奈さんが嬉しそうにキラキラ笑っているのが見えて、わたしも思わず笑ってしまった。キッドさんがポンとわたしの頭に手を置く。見上げると、わたしの耳に口元を寄せて囁くように



「いくら相内になりたくても牛島には惚れないでしょ、名前は」

「ぶはっ」



って。想像して吹き出した。まったくその通りだ。
こういう点でもわたしと比奈さんは異なるものであって、それでいいんだってこと。



今日も1日とっても素敵でした、比奈さん。お疲れさまです。








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