xxxxxx 彼ママ


掃除の担当場所だった職員室は、会議があるからと掃除免除になった。ウキウキと部室に来たものの、まだ誰もいない。当然だ。
キーパーやタオルなどを揃え、一人暇になってファッション雑誌を捲っていると、ガラリと戸を引いてキッドさんが入ってきた。わたしに気づくと早いねぇと溢す。キッドさんこそ。



「こんにちは」

「どうも。何読んでるの?」

「友達に雑誌借りたので…あ、部活の準備はもう終わってて。サボりじゃない、ですよ」

「そんなこと思ってないよ」



まぁ女の子はそういうの好きだよね、とキッドさん。この人はファッション雑誌とかを読まないんだろうか。いつも西部の格好してるけど、ベルトや小物もちゃんとセンス良く揃えてある。どうなんだろう。
思考が飛び始めたわたしの後ろからキッドさんは雑誌を覗き込み、意外そうな声音でわたしの見ていたページのタイトルを読み上げた。



「“彼ママに会うときのマナー”?」

「あ、おもしろいですよ」



開いていたページへパッと意識が戻る。そう、わたしが今見ていたのは服じゃない。「着物のマナー」「レストランでのマナー」といった、特別な場でのマナー特集だった。これがなかなか興味深い。



「玄関で靴を脱ぐときは相手に背を向けてはダメだとか、手土産は袋から出して差し出す、とか。知らなかったこと多くて結構タメになります」

「うん」



新しい知識の例をひとつ挙げてみたが、キッドさんの反応は微妙。…あれ、面白くなかった?
キッドさんが珍しく話の流れを阻むようで一瞬ドキリとしたが、そこでわたしは彼の本名、及び家柄を思い出した。



「そうか。もしかしてこんなのとっくに知ってますか?」

「…まぁ、ねぇ。散々叩き込まれたからね」



キッドさんは話題に乗ってやれないことを少し申し訳なさそうに帽子の鍔を下げた。

武者小路紫苑。「元」とはいえ名家の後継ぎだったのだから、付き合いの場における礼儀作法など一から十も百も知り尽くしているんだろう。
そういえばキッドさんは誰を相手にしても落ち着きはらって振る舞うし、言葉でも仕草でも失礼をするところなど見たことがない。



「さすが」

「…大したことじゃないさ。ところで名前、どうして俺の素性を知ってるの?教えた覚えがないんだけど」

「…………」



しまった…!ていうか今わたし何もキーワード口に出してないよね!今の流れだけでわたしがキッドさんのこと知ってるって確信出来るキッドさんがすげぇぇ!
半ば動揺しつつも答えられはしないので、わたしは手に持っていた雑誌をそっと頭に伏せて隠れた。全然隠れてないけど。
キッドさんは小さく吹き出した。



「ちょっと、取って食いやしないよ。怒ってもいないし」

「……すみません」

「謝る必要もない。不思議ではあるけどね…鉄馬に聞いた?」

「いえ」

「だよねぇ。…ま、いいか」



どうせ泥門の司令塔がふれまわってるみたいだからねとキッドさんはぼやいた。確かにここのところキッドさんの本名を知ってる人間がやたらと脈絡無く増えている。その特徴的な名字が指し示すところに気付く人はそういないけど。わたしは元々知ってただけだし。

キッドさんはテンガロンハットを直しながら何か思う顔をして、それから少し笑った。



「名前にはその知識は必要ないんじゃないの」

「はい?」

「彼ママに会うときのマナー、でしょ。それ」



そうだけど?わたしは会話の流れの先をちょっと考えて、突き当たった気恥ずかしさに思わず顔をしかめてキッドさんを見た。まだ微笑んでる。面白がってるのか笑顔に愛情でも込めたつもりなのか。…前者だな。

まあキッドさん自身が戸籍を捨てたと言う以上、仮にこのまま付き合い続けたとしても、わたしも武者小路家なんてとんでもないところにご挨拶に参るという超難関を通らずに済むわけで、ものすごく安心というかちょっと残念というか。
見てみたいよね、ご両親。

そんな名家から飛び出してきた、現・西部のクォーターバック。
ああちくしょう、格好いいなぁ。この流れでそんなこと言えるなんて。



「そーですね!ご挨拶に行って紫苑さんに相応しくないとか言われたらさすがに泣きますよ」

「ちょ、名前っ…!」



ちょっと反撃のつもりで名前を含めてみると珍しくキッドさんが焦って、それが面白かったのでわたしは笑って雑誌を閉じ、鞄に滑り込ませた。

そろそろ皆が来る。
最強QB率いる西部ワイルドガンマンズは今日も頑張ります。
願わくばキッドさんのご両親が、彼の活躍を見ていますように。







念のためにこのマナーはメモっとこう。




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