xxxxxx 棄てた凪(逆裁/御剣)


「ほんとうにただひたすら、好きな人のことだけを思って生きて死ねたら、幸せなんでしょうかね」


前フリも無しに名前がぽつんと呟いた。
御剣は資料から顔を上げたが名前とは目が合わない。ソファーに座る彼女は手元の書類を見ているような、ぼんやりしているような。



「疑問形か?それは」

「です」

「…む」



御剣は資料をばさりと置いて背もたれに身体を預け、小休憩も兼ねようと力を抜きながらしばし考えた。

ひたすら、好いた者のことだけを?
思って、生きる、とは。
現代日本におけるヒトの平均寿命は約70年、そのような生は一体どうなのだ。


「…恐ろしいぬるま湯だな」



そして結論は簡単に弾き出された。自分にはそんな生き方は無理だ。強制されたら自殺してでも逃げ出す気がする。


今が例え身の削れる日々であっても、悪を裁く努力、油断を許さぬ法廷での制し合い、判決へと導くこの人生は譲り難いように思えた。様々な人間と出会うこともある。強敵となった成法堂が良い例だ。それからその延長にて加わった彼女。
自分には、それらの織りなす現状がきっと合っている。


否定を示した御剣に、予想はしていたと名前が笑った。



「私もそんな退屈はごめんです。辛い事も多いけど…今の方がいいな」



事件で親も拠り所も失い、その犯人を有罪判決から逃さなかった検事とはいえ知らぬ男の家へ飛び込むことになった彼女。
過去に悲劇を経てもなお、決して安寧とはいえない今を選ぶのだなと、御剣は密かに安堵した。
片思いにしろ結ばれているにしろ誰かを想うばかりの穏やかな人生を彼女が望むなら、御剣の加護下で生きていたってその望みは叶わないだろうから。

いつの間にか日常の一端を担い始めていた存在を失うことにはならなさそうで、良かった。


もう意識を切り替えたらしい名前がこの書類は何処に片付けますかと御剣を呼んだ。

棄てた凪





あきゅろす。
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