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おお振りText
3
「…心配かけてごめん」
「いいんです。アンタの事放っておけないだけだから」
「ん…ありがと」

 にこりと微笑まれて、今度はこっちが赤くなってしまう。

 まだ寝起きのぼーっとした雰囲気を残したあどけない表情が、いつもより幼さを際立たせる。
 思わず抱きしめようかと思ったけれど、ふと彼が制服姿なのを認識して、自分がつい先程まで汗をかいてた事を思い出してやめた。

 代わりにと顔を寄せると素直にその瞳が閉じられたので、そっと触れるだけのキスを贈った。

「着替えてきますね」

 名残惜しいけれど、この季節にこのままでいる訳にはいかない。
 俺も、この人も。

「ここもう閉めますけどどうします? 部室来ますか?」
「…いや、下駄箱で待ってるよ。変にまた椅子ある所にいると、もっかい寝そうだし」
「そスか」
「鍵、俺閉めとくから着替えてこい」
「じゃ、お願いします」

 そういえばずっと握ったままだった手をようやく離して、ジャージのポケットから鍵を出してまたその手に渡す。
 運動の所為か人肌の所為か温まっていた手に金属の冷たさがひやりとした。

「ダッシュで着替えてきますから! また後で」
「ゆっくりでいいって! 後でなー」

 急いでトレーニングルームから出て本当にダッシュで部室まで走って、着替えたジャージとかタオルとかをぐちゃぐちゃのままバックに詰め込む。
 それでもコートまで着た後で、ちょっとだけ鏡を見て髪の毛と服装を正す。あんまりひどいと笑われるか怒られるかしながら直してくれる。それもいいんだけど、やっばりこんな日は少しくらいちゃんとしていたい。

「よしっ」

 そして、部室の鍵を通り道の職員室に返してまた走る。
 冬特有の短い日も暮れて、補修も部活もほとんど終わっている夜の校舎は走っていても誰も咎める人はいない。
 昇降口に見慣れた後姿が見えた。
 壁にもたれた愛しい姿が、おそらく靴の音で気付いたのだろう、振り返って笑った。

「廊下走るなって」
「仕方ないっしょ。少しでもアンタと一緒にいたいんですよ」
「…ばーか」

 ほらまた、寒さだけではない朱が差す頬にからかう様に笑みを返す。
 靴を履き替えて、放り出された彼の右手を握る。

「うわっ、冷てっ」
「あー…冷えてきたもんなー。つか、冷たいなら手離せって!」

 そう言った顔が嫌そうとか、恥ずかしそうとか、そんな表情でなくて、少し心配そうな戸惑った感じに見えたからそのまま言葉を無視してぎゅっと強く握る。

「二人で繋いでたらすぐあったかくなりますよ」
「っ!」

 ああ、ほらやっばり。
 俺の左手を冷やすのを心配してたんだよね。

 それはもう推測ではなく確信に近い。
 喩え自惚れと言われようとも、この人はいつだって自分の事よりも俺を優先して考えてくれる。
 そんなだから、今日みたいにちょっと無茶な事も聞いてくれちゃう訳だけど。


「ほら、行きましょ」

 繋いだ手はそのまま俺のコートのポケットに突っ込んだ。
 小さな溜め息を吐いて浮かべた苦笑を見てから歩き出した。

「…なんか食べてから帰るか」
「そスね。温かいモノがいいなー」
「また駅前のラーメンかー?」
「最近、二人で行ってないからいいじゃないっスか?」
「まぁなー、よし行くか」

 
 俺も出来うる限りこの人の事を大切にしてあげたいと思う。
 すぐ自分の事を後回しにして他人に合わせちゃうような人だから。
 すぐ目の前のことでいっぱいいっぱいになって、無茶をしてしまう人だから。



 まだ自分の欲で動いてしまう事は多々あるけれど
 たまに笑って、肩の力抜いて、

 それが、自分の隣であればいい。


 日常のくだらない話をして、笑って、クリスマスにラーメンなんてムードねぇなー、って話して、また笑って


 ポケットの中でぎゅっと握り返された手は、もう暖かかった。


【END】


→あとがき



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