11周年記念物語「人魚姫の想い歌」
20
「そう、あの水の球体は想いが報われなかった人魚の苦しみと悲しみが具現化したものだ」
空の海の魔女さんが言った。
「次元の中をただ彷徨っていたが、同じ人魚のレンの悲しみに反応して、この次元の挟間にやってきた。そして、レンを取りこんで暴走した。こうなっちまった以上、放っておくことは出来ない」
空の海の魔女さんが杖を『彼女』に向ける。
「空の海の魔女さん、『彼女』はわたしに任せてもらえませんか?」
わたしは空の魔女さんに願い出た。
「どうするつもりだい?」
「彼女に歌を歌います」
精霊は司るものをもって、世界を安定させるための存在……わたしも精霊だから、その役目の重要さを理解している。
精霊として、世界の悪影響を与えかねない『彼女』は消さなければならない。
でも、わたしは今のままの『彼女』を消したくない。
こんなことを思うのは精霊としてダメだとわかっている……だけど、自分の想いに苦しんでいる『彼女』を苦しんでいるまま、消したくない。
わたしの力……歌が『彼女』に届くかはわからない。『彼女』を止められるかもわからない。
それでも、『彼女』にわたしが出来ることがしたい。
「……好きにしな」
空の海の魔女さんは杖を下げてくれた。
「有り難うございます」
許可してくれたことに、わたしは頭を下げた。
「……レン」
トラネコさんが心配そうにわたしを見る。
「大丈夫です」
わたしはトラネコさんに笑ってみせた。
「大丈夫。だから……」
ぎゅっと、トラネコさんがわたしの手を握った。
「レンが歌い終わるまで、ボクはレンのそばにいる。これは決定事項だ! 文句は言わせないからな!」
「はい!」
実はそばにいてほしいって、お願いしようとしていた。それをトラネコさんから言ってもらって、嬉しかった。
トラネコさんがそばにいてくれる。それだけで心強くて、力が湧いている。
これなら、きっと『彼女』に届く歌を歌える。
大きく息を吸い、全身に精霊の力を漲らせて、歌を歌おうとする。
すると、それまで大人しかった『彼女』がたくさんの水の触手をこちらへ向けてきた。
身構えるわたしとトラネコさんの前に、コウキさんたちとクウさんたちが立った。
「あれはオレたちに任せておけ」
「レンちゃんが歌い終わるまで、わたしたちが守ります」
コウキさんとクウさんが力強くそう言ってくれた。他の皆さんも頷いてくれる。
「有り難うございます」
皆さんにお礼を言って、トラネコさんを見る。
「こんなに心強いへい……じゃなくて、ボディーガードがいるんだ。安心して、思いっきり歌え」
コウキさんたち、クウさんたち、精霊さんたち…そして、そばにはトラネコさんがいれてくる。
大丈夫。
私はもう一度、息を吸って、歌い始めた。
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