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フェンスの揺れる音がする。
集中して、考えないようにしても、無理だった。

目線が、心が、全部あっちにばかり行ってしまう。


「(阿部…)」


大丈夫だろうか。
阿部は、震えて、泣いてはいないだろうか。
聞こえてくるのは、榛名さんのよくわからない怒鳴り声ばかり。
見えるのは、その声に肩を揺らす阿部。

そんなに離れているわけじゃないのに、二人の空間がとても遠くに感じた。


「…花井」
「……栄口」


もやもやとした想いを抱えていると、いつのまにか栄口が俺のそばまで来ていた。


「榛名さん、だったんだ」
「…」
「阿部の痣って」
「…ああ」
「…」
「…」
「やっぱり榛名さんと阿部って、付き合ってたの…?」
「ん…つーかまだ別れてはいねーよ、連絡取らせなかったんだ、俺が」
「花井が?」
「呼び出しされた日は俺の家に泊まらせたし、帰りも送ってった」
「…」
「見て、られなかったんだよ…電話が鳴るたびに、震える阿部なんか」
「…花井」
「でも、こうなるくらいならちゃんとするべきだった…曖昧なんかじゃなくて」


そうだ、ちゃんとするべきだったんだ。
俺はきっと、阿部が笑ってるから安心してたんだ。
問題は、完全に解決してなかったのに。

阿部の痣が消えたからって、阿部の中の榛名さんも、榛名さんの中の阿部も、消えるわけじゃない。


「阿部には、笑ってほしくて…幸せで、いてほしくて」
「…うん」
「だから、このままが一番イイのかもとか思ってた」
「…」
「だけど…それじゃあ意味なんてない」
「…うん、そうだね」
「でもコレばっかりは、あの二人がどうにかするしかねーだろ…?」
「…」
「…」
「………ねぇ、花井」


俺は、どうしたらいいかわからなくて、ただ呆然と阿部の方を見つめていた。
すると、隣に立っていた栄口に肩を掴まれ、振り向いた、瞬間、


パン!


と綺麗な音がして、俺の頬にじんとした痛みが走る。
…なにコレ、ビンタ?


「…さか、えぐち」
「…俺は花井のしたことが正しいか間違ってるかなんてわかんない」
「…」
「だけど、今を見なよ」
「!」
「今、花井がすべきことってなんなわけ?」
「…」
「守るって、決めたんだろ」
「…決めた」
「だったら行けよ、いつまでもうだうだと悩んでなんかいないで、行けよ!」
「っ…」
「俺が行ったって構わない、けどさ!…阿部が、阿部がきっと一番来てほしいのは…」



息を荒げて俺を睨む栄口の瞳は、真剣で。
その瞳と、頬の痛みで、何か靄が晴れていくような気がした。


「…行ってくる」
「…決断、遅いよ」
「わり…」
「…さっさと、奪ってこいよバカ」
「………おう…!」


栄口に背を向けて、阿部の方へと歩きだす。
…もう、俺だって、迷ったりするもんか。

ごめん、阿部。
守りたいって、守るって言ったのに。
そんなふうに肩を震わせて欲しくなかったのに。
結局、一番苦しいのが阿部でごめん。
奪いたい、奪えなくてもいい…じゃないよな。
遠慮なんかしないって決めたのに、遠慮してごめん。
…謝ることばっかりで、ごめんな。
なんだか、自分はホントに情けないヤツだな、と思った。


阿部へ一歩一歩近付くたびに頭の中で、水谷の言葉が繰り返されている。


『阿部には、花井が必要だと思うよ』


もしも、もしもホントにそうなら。
俺といるおかげで笑顔が増えたのなら。
…期待してもイイのか?
なんて、思ってしまった。

…阿部、全部が終わったら、そんな俺を笑ってくれ。
俺はただ、また、お前にいつもみたいに笑ってほしい。





覚悟は君のために。





「…!」


ハッと気が付くと、榛名さんがフェンスを越え、阿部の前に降り立っていた。
…やっべェ。

そこからは、全速力でダッシュした。


「っ、阿部!!」




あきゅろす。
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