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「笑顔、増えたよね」


昼休み、ポツリ呟かれた水谷の言葉に俺は耳を傾ける。
その言葉には、いつものようなへらへらとかにやにやとかそういう変な効果音は付きそうもない。

ただ、静かに穏やかに、そっと呟かれた。


「…誰が?」
「阿部に決まってるじゃん」


水谷は優しく笑いながら、阿部に向けていた視線を俺へと移した。
阿部はと言えば俺と水谷の間で机に伏して寝ている。(この寝方は完全に)


「んだよ、急に」
「そう思ったんですよー」
「…そうかぁ?」


俺は水谷の言葉を理解しかねる。
だっていつもと変わらず、阿部は笑っている。

顔の痣は消えたし。(それ以外の痣も薄くなった)
雰囲気も前より穏やかで、悲しい顔は見なくなった。
…未だに鳴る電話に震えだすけれど、俺が手を握れば落ち着いてくれる。

っと、話が逸れた。
とりあえず、阿部は笑うけど主にあのニヤッて笑い方だ、と俺は思う。


「そりゃ笑うけど…あれは笑顔っつーか、なんか企んでる顔みたいな」
「何言ってんの、その笑顔じゃないって」


水谷は、今度はにへらっと笑ってまた阿部を見る。


「そういう笑顔じゃなくて、ホントの笑顔」
「…」
「柔らかくて、優しくて、安心しきった特別な笑顔」
「…お前に、見せてるってことか?」
「んー…俺は見るけど、それは俺に向けてじゃないよ」
「?」
「もう、花井に向けてに決まってるじゃん」
「………は?お、俺?」
「そうだよ、え、気付いてなかったの?」


ありえない、とでも言いたげな声だった。

俺に向けての笑顔?
なんだ、それ。
一緒にいることは多いけど、そんな顔、してたか…?


「まぁずっと一緒にいるとそれが普通になるのかもね」
「はぁ…?」
「でもホントだよ、…阿部は花井といるようになってから笑顔が増えた」
「…」
「俺、事情はよく知らないけど、その笑顔は、花井があげてるんだと思うよ」
「え…?」
「最近すごく、幸せそうに見えるもん、阿部」


幸せ…?
俺と、いると…?

って、違うだろ…、自惚れてんな俺。
阿部は、榛名さんと離れることを決めて、それで今、枷が外れた感じで。
だから、なんだ。
俺といるから、な…わけじゃない。


「…」
「…俺の、勝手な意見なんだけどさ」
「…」
「俺、阿部には、花井が必要だと思うよ」
「…ヤメろって」
「なんで?」
「そんなわけ、ねーから…」
「どうしてそう思うの?」
「…阿部にとって、俺はただの友達、だからだよ」


それにきっと、阿部はまだ心のどっかで榛名さんが。


「そんなのわかんない」
「わかる」
「…決め付けるの?」
「…わかってんだよ、もう何も言うな……っ」


頼むから、これ以上。





1%の可能性しかなくても、期待して縋ってしまう。





阿部に、俺が、必要だなんてそんなこと。
水谷の言葉に、心が揺れる自分がいた。




あきゅろす。
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