Nobody But You





「……」

目を見開いて、闇を見つめる。
心臓を中心に身体全体が脈打っていた。頭まで毛布にくるまった格好で自分の脈に耳をすませたまま、数秒、身動きが取れない。やがて薄い毛布の中で、自分の全身が水をかぶったように汗で濡れているのに気づく。毛布を跳ねのけて起き上がると、未明の冷気が一気に下りてきた。荒く湿った息を吐いて短く冷たい空気を吸い込む。繰り返すごとに急速に身体から熱が逃げていく。ぞくりと身震いする。それを合図に身をよじり振り返った。振り向いて、傍らの闇に目をこらす。まだ収まらない自分の息を無理に押し留め、心臓が骨を叩く振動だけを感じながら、自分以外の気配に意識を集中する。ほどなく隣から細く微かな呼吸が聞こえているのを確かめて、ようやく息を継いだ。胸に残った熱を搾り出すように長く、長く。
濡れたシャツを脱いで、毛布だけを肩からまとう。立ち上がって、脚に張りつく生地を煩わしく思った。裸になるのはさすがに止めておく。脱いだシャツを天井に渡したロープに引っかけ、入り口に張った布をくぐり、寝床を出る。山の斜面の狭く浅い横穴だが、寝る場所としては上等な方だった。寝床を出ると、外には濃い藍色の、夜の終わりの清浄な森が広がっていた。深く、今一度呼吸を深くする。目を開いたまま闇に慣れるのを待って、今度は深い森の奥まで気配を探る。近く遠く、肉食の鳥が低く鳴く声が渡っていく。さらに遠く、これは実際の音か怪しいが、川の流れる音がする。木々のざわめく波に似た音が、さらに遥か彼方の山々へ遠ざかっていく。後は草と土の冷えた匂いと、森の寝息だけがあった。
周囲を窺う間にも、毛布の隙間から汗に冷えた皮膚に冷気が染み込んでいく。素足の裏からも。やがて小さく身体が震え、「俺までがどうにかなったんじゃ洒落にならない」と思い至り、中へ戻った。
寝転がっていた場所に座り込み、荷物を探って乾いたタオルを手に取る。濡れた髪を拭き首を拭き胸を拭き、顔を拭い、覆って。

悪夢だ。

溜め息を吐いてもそれだけではおさまらず、最悪だ、と小さく舌打ちした。
このところ毎晩だ。毎晩同じような夢を見ている。はじめは目覚めるまで現実としか思えなかった。起きてから頭が冷えるまでの間、ひどく混乱した。
もう何度目だ、と数えるなら、まだほんの数日の夜を越えたに過ぎない。けれど何度見たのかを考えると、考えようにも一度眠るだけで似たような情景を際限なく繰り返すものだから、とても数えきれなかった。
勘弁しろよ、と奥歯を噛む。
そこへ。

「エレン……」

夢の中よりもずっと希薄な声がした。狭い寝床で響くこともなく、たちまちに消えた。砂の混じったように掠れた、無数の傷を負った声音だ。咽喉がすっかりやられているのだ。









あきゅろす。
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