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「あんまり俺の同期いじめないで下さい」
「人聞き悪ぃな。喧嘩売られてんのはこっちだぜ」
「誤解です! 目つきと態度が悪いのは元からで、ええと、アイツは緊張してるだけです。畏縮してるんです」
「エレン。お前、まるでテメエのことみてえに言うんだな」
「俺にまで絡まないで下さい! とにかく、誰も兵長に喧嘩なんか売りませんよ」
「……お前がそれを言うかよ。エレン」
「は。え。え、あの。それはどういう……」
「……や。忘れろ」
「はあ……」


毎秒3つほど。

とりとめのない応酬の間に、立て続けに殴り飛ばしたいポイントが発生して、ジャンはかえって身動きが取れなくなった。

「……エレン。エレン」

やがて機を逸してから声を搾り出し、ジャンは低く呻いて先を行く同期を呼ぶ。
振り返った同期は『げっ! お前いたのかよ!』とばかり大げさに眉を上げ、一度前に向き直って上官の顔色を窺った。そうして無駄に大きく目を丸く開いて、エレン・イェーガーは上官とジャンの顔とを見比べながら、キョロキョロと忙しく首を動かしてジャンの方へ歩んできた。
そういう挙動が一番ジャンを苛立たせるのだと、もうエレンは分かっていてやっているとしかジャンには思えない。
そのエレンの胸ぐらを、やにわにジャンは掴んだ。
掴んで手首を捻り上げ、力任せに引き寄せる。
エレンの顔がようやくジャンを見定めたところでグッと詰め寄り、怒りに痺れる額をジャンはエレンの額に寄せた。額に額を思い切りぶつけて打ちのめしてやりたいところを、今は堪える。今はというか、なるべくは堪える。ジャンにも多少の学習能力はある。

「てめえよ……せめて俺のいないとこで言えねえのか。ああ? 馬鹿にしてんのか」
「はっ?」

凄まれたエレンはわけが分からないという顔で、心外だとばかりジャンの目の前で更に目を見開いた。
このまま目玉が飛び出るんじゃないかとジャンは一瞬ギョッとして身を怯ませる。
ビビった自分に嫌気が差して、ジャンがいっそう固くエレンの首の根を締め上げると、エレンは真っ直ぐにジャンと視線をあわせたまま、いささか苦しげに息を漏らした。ジャンの腕を掴み返すことも、身体を押し返すこともなく。

「ちが、違う、兵長が、お前に何か、何か、ジャン、止めろ、絞めるな、喋れない……」
「良いか。余計なお喋りは止めろ。金輪際だ」
「だっ………………」
「……エレン、おい」
「……………………」
「キルシュタイン」
「はい」
「うええっ! げっへ! ゴホッ!」

上官の命を受けジャンが即座に手を離すと、エレンは大げさに噎せ返った。
数歩を空けただけの距離で、リヴァイは相変わらず表情のない顔で咳込むエレンを見ていた。視線を上げ、ジャンのそれとぶつかる。呆れているようにも、心底興味の無い退屈した顔にも見えた。これもいつものことだ。

『緊張? 畏縮? コイツがか?』

目を合わせたまま、空白の一秒。
どこからとなく、そんな声をジャンは聞いた気がした。

「そんなガキでも死なれちゃ困るんだ。丁重に扱え」
「はい!」
「……キルシュタイン。てめえのその返事だけは威勢が良いのは、アレか? 最近の訓練兵団は丸3年かけて挨拶しか仕込んでねえのか?」
「いえ、自分の未熟さによるところです! 猛省し、以後このような感情的な行いは……」
「御託はいい。その気色の悪い空返事を二度とするな。"金輪際"だ」
「へ……兵長……ですから、あんまりジャンを……」
「テメエは黙ってろ」
「カピッ!」

あんまり人間の喉からは聞かない鳴き声に、ガチリとエレンの歯が噛み合う音が重なった。
ジャンから避難してフラフラとリヴァイの元に戻ったエレンの顎を、リヴァイが下から掴み上げていた。喉を反らし目を白黒させているエレンの間抜け面に、ジャンはまた険悪に目を細める。細めたまま視線を逸らさずリヴァイと睨み合う。

丁重に扱えってのはどこ行ったんだ。

声には出さず、ただ従順さの欠片もない目で、リヴァイを捉え続ける。

「……後で来い」

リヴァイはそれだけ言ってエレンから手を離すと、踵を返した。
喉元と顎をさすって、瞬きを繰り返し、エレンが一度チラ、とジャンに目をくれて、リヴァイの後を追う。

とうとう私刑かな。
あるいは口止めか。
どっちにしろ、遭う目は同じか。

好戦的に棘を増す意識とは裏腹に、心臓が締め付けられるように傷んだ。冷や汗が滲む。
キリキリと痛む内臓を煩わしく思って、ジャンは無理矢理に唾を飲み下し、リヴァイ達の後に続いた。
両の眼だけは光を失わず、先を行く二人を睨み続けている。
リヴァイの隣でエレンはまた何か上官に苦言を呈しているらしい。
配属されて長くなったら末の馴れ合いなのか、元々案外図々しいところがあるエレンの性分なのか。すっかり女房気取りだ。あるいは忠犬か。あるいは。

何にしたってまともじゃない。

ジャンは眉間の皺を深める。
エレンの小言にリヴァイは聞く耳持たない様子だったが、かと言って邪険にもしていない。真に余計な口を挟めば容赦のない男だ。それはジャンも何度か目撃して知っている。
とすると今エレンを好きにさせているのは、エレンの妄言を聞かせて俺を辱しめるためだけに違いないとしか、ジャンには思えなかった。

二人揃ってまともじゃない。

肩のぶつかりそうな距離で連れ合って歩む二人の、だらりと無造作に垂れたリヴァイの腕を見やる。
その腕が昨日エレンの肩に伸ばされていたことを思い出して、ジャンは今日何度目かの目眩と吐き気を覚えた。
頭蓋の内側が熱を帯びる。
衝動を押し込めて、ジャンは荒く息を継いだ。


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