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『掃討作戦はせっかく人類全体の士気が上がり始めてたところに水を差した、とんでもない愚策だった。正直、国が壁外の訴求力を削ぐために敢えて無策のまま戦力を投じたんじゃないって考えも……ああ、これはコイツの受け売りだけどな。けどアルミンの考えがまるきり的外れだとも俺は思えないんだ』


ジャンがエレンの口から初めてリヴァイ兵長の名を聞いたのは、何も最近のことではない。


『実際この期に及んでも、俺達を壁外へ向かわせるプロパガンダは立ち消えたまま……ってのもお前が言ったんだよな。アルミン。でも考えてみりゃ確かに気味が悪ぃよ。今の体制じゃせっかく兵団訓練を受けたって、殆どの人間は当然に兵士以外の道を選ぶ。それ自体は当然だし望ましいことだ。俺みたいのばっかりいたんじゃ暮らしていけねえしな。個人が道を選ぶのは自由さ。分からないのは未だに中央に籠りきりの国の頭の考えだ』

『俺な、正直さ、訓練兵団の中でくらいは、何が何でも国は俺達が調査兵団を目指すようアジって洗脳してくるんだろうと思ってたんだぜ。おかげで拍子抜けしたよ。全く逆なんだもんな。教官といい教訓といい、俺達を内側へ、中央へ向かわせることばかり掲げてる。とんだ勘違いだった。やっぱり国は梃子でも俺達を外に出したくない、建前ですら壁の奪還を謳う気は無いんだ』


訓練兵時代。

興奮を隠そうともしない声で、ことあるごとに自分の理念やら信念やら志望やらを、暑苦しく語っていた。
無論そうペラペラと喋れる内容でもないので、実際のところ上記の言はジャンが断片的に聞いたエレンの発言を切り貼りし、総合してみればこんなことを言っていた。という程度のものだったが。

リヴァイ兵長の名は、ゴチャゴチャと偉そうにくっちゃべっているエレンの声をジャンの耳が拾えば、その度に必ずと言って良いほど登場した名前だった。

『勿論たった一人の技量が突出してたって決定打にはならねえよ。けど"アノ"掃討作戦以降も、調査兵団への志願者は落ち込まなかった』

『むしろマリア陥落以降着実に増えていってる。俺みたいな……あー。何だっけ。ああ、『過激派』か。ハッ、ひでえ言われようだよな。けど俺だけじゃない。俺だけじゃないんだ。国の意思とは無関係に、惨敗を喫しても外を目指す人間は絶えなかった。これはリヴァイ兵長の存在が大きいと俺は思ってる』

英雄のいない世界だ。

ジャンにとっては英雄というのは、ちょっと無茶の過ぎた馬鹿をやれる人間。くらいものだった。
大人の目を盗んで酒を掠め取って来た仲間や、脈の無さそうな女を誘うのに成功した仲間を、ヘラヘラと笑って讃える際に、お互いそう呼び合った。その程度の意味合いでしかなかった。
ジャンだけでなく、多くの人間には廃れて形骸化した言葉だった。

エレンが『英雄』と口にする時、それはジャンには全く耳慣れない響きをもった。
エレンは未だにその言葉を自分のものとしていて、エレンだけは未だにその言葉の意味を知っているかのような。
聞かされる度にジャンは居心地が悪く、口の中に苦さを覚えた。

誰も彼もエレンのような、きらきらしい目で何かを語れるわけじゃない。
元々特異なエレンの存在は、何よりそんな時に際立って周囲から浮かび上がった。
まるで見てきたかのようにリヴァイ兵長殿の活躍を語る時だけは、エレンはジャンの目に酷くガキじみて映った。

そうなるとジャンの耳はもちろん、目にも耐え難い。
話がリヴァイ兵長の武勇伝に及んでくると、ジャンが茶々を入れてエレンを止めに入るまでは、いつもそう長くはかからなかった。

『何か必要なんだ。人類には。英雄が。理由は何だって良い。立ち上がることが重要だ。あのヒトは人間を立ち上がらせることが出来る。兵士として。それがリヴァイ兵長の一番の戦果だ。生きて戦って巨人を倒して、生きて帰って来る人間がいる。それだけで俺なんかまでが夢中になるんだぜ。まだ巨人と戦ったこともないくせにな。すごい力だ。人類には必要なんだ。何か、そんな……』

熱に浮かされたような。
忌まわしいエレンの声を。昂揚した顔を。何故今になって思い出すのか。
何故。
何故、とは。問うまでもない。
ジャンが問いただしたいのは自分自身だ。
何故俺は、今さらこんなことを思い出さなきゃならない境遇を。わざわざ選んだのか。
何故。


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