Perfect Sky









やがて帰り着く、二人の完璧な住み処で。
どちらともなく寝室に向かうと、いつも夕暮れまでは抱き合って過ごした。
セックスに馬鹿みたいに時間をかけるようになってからは、一日中抱き合っていることもあった。一日中と言ったって、今は夜明けも夕暮れもペトラの仕業だ。オルオの知らない間に日は昇り、いつの間にか暮れ、また昇った。
今は昼下がり。太陽は傾き色を増している。一日で最も長い時間だ。
薄暗い寝室に、金色の日差しが差し込む。薄いカーテンを透かし、ペトラの躰に影を落とす。すべての線が柔らかく見える。
この時間のペトラが一番美しいとオルオは思っていた。
乾いたシーツに背中を預けて横たわり、ペトラの上体を仰いで、オルオは手を伸ばしたい衝動を堪える。
深く深く、絞り出すように息を吐いて。
きつく眉根を寄せ、ペトラが慎重に腰を落としていく。
その腿を掴んで好きにかき回したいのをグッと堪え、オルオはじっとペトラを見守る。
未だに受け入れるときだけは、いつもペトラは苦しげな表情を浮かべた。だが今ではそれもほんの一瞬だ。苦悶はすぐに色合いを変える。
呼吸を整え、ペトラがゆっくりと身体の強張りを解いていく。
反らした胸が下り、肋の浮き上がっていた脇腹は再び滑らかな肌を纏う。張りつめていた乳房が丸みを取り戻し、翳りを作る。
薄く目を開いてオルオを見下ろし、ペトラは何か満足げに聞こえる音で息を漏らして、笑みを浮かべた。
日常で向けられれば多分ゾッとしない笑みだ。このまま首を絞められたって不思議ではない類の、どこかネジの外れた昂りを感じさせる。
思わず笑い返してしまって、こんな時にはオルオも黙って首を傾げ、大人しく先を促すしかない。何なら両の掌を掲げて見せても良いと思う。どうぞお好きにってなもんだ。何もかもが「どうかして」いても、ここが天国であることに間違えようはない。


「良い気分よね」
「……何が」


一息ついてぼんやりと天井を見上げていた。そこへ唐突なペトラの一言に、オルオはギョッとして言葉に詰まった。
ペトラはオルオの傍らに横たわり、窓の向こう、夕焼けの空を見上げていた。
オルオにはペトラの背中と、横顔が僅かに窺える程度だ。耳と頬の輪郭と、肩の描く曲線。部屋に届く陽射しはだいぶ弱まって、どれも夕闇を薄く薄く溶かしたスミレ色に染まっている。

「まだこんなに明るいのに」

ペトラの声には何か、悪いことを楽しむ響きがあった。
ガキみたいだと思ってオルオは鼻白む。

「今度、外でヤるか?」
「ハッ……」

寝ぼけた声音でオルオが呟くと、ペトラはあからさまに小馬鹿にした声で笑った。そうしておいて一度沈黙を挟んでから、今度はクスクスと悪意のない笑みを溢す。肩が小刻みに揺れる。

「いんじゃない? 不良みたいで」
「ハハッ!」

今度はオルオが笑う番だった。
意識して大げさに笑い飛ばして、そうするとますます可笑しくなってきて、オルオは寝返りを打ちペトラに背を向ける。シーツに額を押し当て、笑いを何とか噛み殺す。引きつれる喉が鳴り、堪えたぶんだけ肩が震える。無理な態勢で痙攣して、肋骨が痛んだ。

「……何がそんなにおかしいの?」
「いや…」

拗ねたペトラの声に、オルオは自分が落ち着くのを待って振り返る。
ペトラは僅かに上体を起こして、訝しげに眉をひそめてオルオを見下ろしていた。
夕映えの空を背負ったシルエットに、瞳の光が猫のように浮かび上がる。

「お前、優等生だもんな」

ニヤけた面を隠さずに歯列を見せてオルオが言うと、ペトラは途端不機嫌に顔をしかめた。

「…ヤなやつ!」

忌々しげに唇を動かし、何か言いかけて、結局まともな文句は浮かばなかったらしい。
オルオの肩にピシャリと掌を打ちつけて、その手で自分の髪をかきやり、ベッドにうつ伏せになると、肘をつき、まるで自分を恥じるようにペトラは顔を覆った。
しつこく込み上げてくる笑いをヘラヘラとだだ漏れにさせて、オルオは打たれた肩を擦る。ヒリヒリと痒く痺れる皮膚を掻き、ペトラが見ていないうちにせいぜい笑っておく。
オルオの悪癖だった。
「ペトラ・ラルとヤってる」と思うと頬を一ミリ動かす余裕も失う一方で、「ペトラ・ラルがヤってる」と思うと可笑しくて堪らなくなる。
まだ何も知らなかった頃のオルオ・ボザドの首根っこを捕まえて、声高に話して聞かせてやりたいような。そんな、冗談にもならない誘惑に駆られる。
叶わないからこそオモシロおかしく思える馬鹿な考えだ。それこそ不良じみている。分かっていて、どうにも鎌首をもたげてくる。

あのペトラが。あのペトラがな。

そうやってわざと自分を愉しませる下世話な文句を浮かべるのも、オルオの治らない癖だった。

「……オルオがそんな風に笑うの珍しいね」
「ええ?」



「珍しいっていうか。前はそんな風に笑わなかったよね」





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