Nobody But You





そろそろ途中で夢だと気づくようになった。またあいつに抱かれる夢だ。
脇腹に添えられた手のひらの熱さも、噴き出す汗のぬめりも。膝の裏を伝う滴も、自分の息も。それから内臓をえぐられる痛みとも痒みともつかない、どうしようもなさも。すべて現実と変わらない。
とりわけ自分の息のうるささと言ったらなかった。息を継ぐたびに情けない呻き声が漏れる。夢だから堪えられないのか、現実でもそうだったのか。腰を打ち付けられるたびに、ああっと、大げさな自分の声を聞く羽目になる。


「愛してる」


その合間に囁く声がある。
これもまったく現実そのものだ。うるさい、と意図を込めて伸ばした手は、じっとりと汗ばんだ男の胸を捕らえた。手のひらから腕が震えるほどの鼓動が伝わって、思わずまともに上を見る。
驚くほど真剣な顔で、腹が立つほど微塵の笑みもない真摯な顔で、ジャンがこちらを覗き込んでいた。
愛してる、と囁いて、ジャンは熱を追い出すようにハッ、と息を吐いた。いっそう互いの下肢が密着する。無理だ、と身を退こうとしたぶん以上に詰め寄られて、一気に奥深くまで挿し込まれた熱に寒気がした。
苦しみとも痺れともつかないこのどうしようもなさを、夢は執拗に繰り返す。


「愛してる……」


この男の言葉も。

「言うな……」

絞り出した声は期待していたほど大きくはならなかった。叶うならこの男の鼓膜を破るほどの大声で叫んで抜け出したいと思う。思う一方で捕らえた胸から手を離し、背中を丸め無理矢理にこちらへ身を屈めている、ジャンの頬に自分の両手を伸ばしている。今、俺は俺であり、どこからか覗くだけの他人でもある。

「好きにさせろよ」
「そう何度も言わなくたって良いだろ……」
「何だよ。言わなくても分かってるってか。痛い痛い痛い痛いたたたた」

手のひらで捕らえたジャンの頬を汗を拭うように撫でつけてから、皮一枚を摘まんで思いきりつねってやる。剃られた髭の浅い痛みまでチクチクと手のひらを刺して伝わるのに、これは夢に違いないのだ。かつての現実の再現に過ぎない。

「ってーな、つねるようなことじゃないだろ!」

手を離した途端にジャンは子供じみた口調で非難の声を上げた。その目に涙まで浮かんでいるのに気づいておかしくなった。おかしいのに、顔の肉が言うことを聞かなくて笑えない。あくまで記憶の現実をなぞるしかない。多分俺はこの時笑わなかったんだろう。

「気が散るんだよ」

申し訳程度につねった辺りの皮膚を撫でてやる。投げやりにそう言い返すと、途端にジャンは涙を引っ込めて、それから何を考えているのか分からない無表情に変わった。怒りとも憂いともつかない、穏やかにも、ともすれば労りすら感じる顔で。そうしてじっとこちらを見つめ、一拍を置いて。

「……お前。言うようになったじゃねーか」

何か偽悪的な笑みを浮かべ、ゆっくりと身を起こした。
橙色に揺らめく明かりの中、男の上体が陰影を濃くして露わになる。立派な兵士の体躯だ。今じゃ狩人と呼ぶべきか。もっとも喧嘩じゃ未だに俺に敵わない。もちろんこいつは手加減をするほど不誠実な男でも、手加減をした上でも負けることを許せるほど甲斐性のある男でもない。こいつに。
俺は機嫌の悪いときにはその胸や腹を指差して、無駄な荷物だなどと言っては、いたずらにこいつのプライドを傷つけることがあった。
けれど実際のところ、綺麗な身体だとは思う。わざわざ言ってやる理由がないだけで、良い男だと思ってはいる。自分とは違う線を描く、背や腿の筋肉の流れを見るたびに。眩しさと何か誇らしさにも似た、正体不明の快さを覚える。

「ああ…あっ…」

それもこれも、太腿を掴まれるとかき消えた。続けざまに浅く深く突かれて、また延々と自分の声だけを聞く。歯を食い縛れば殺せる音だろうが、身体は頑なに言うことを聞かない。皮膚のひきつれる痛みにどっと汗が噴き出す。苦し紛れに顔を背けると、その一筋が瞼の隙間から染み込んで、片方の目が滲んだ。

「愛してる……」

時折動きを緩めて、反らした首の根に顔を寄せ鼻先を埋めたジャンの、しつこい囁きを聞く。熱い息に耳が痺れる。
すべてを現実のようだと感じる一方で、その声だけが一段と現実味を帯びて、その声だけは現実かのように強く響く。

「ジャン……」
「言いたいんだ。言わせてくれ、エレン……」

抱きしめられ、自然と腕を背に回していた。不自由に丸めた背に浮き上がる肩の骨が、暗い橙色の光にゆらゆらと照らされている。その隆起をたどり、汗で滑る皮膚に指を埋める。固く抱き合って、小刻みに早まる律動に堪らず目を閉じる。


「愛してる」


ひときわ深く耳の奥まで吹き込まれ、そこで目が覚めた。









あきゅろす。
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