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■ 4

両手で火照った身体を強く抱きしめ、気を緩めれば漏れそうになる声を必死で噛み殺す。
流されそうになる度に、振り切るようにギュッと目を固く瞑る。

と、戻ってきたフェンが部屋の入り口から声をかけた。

「レイン様」
「あぁ、来たようだ」

立ち上がるレインに、つられるようにシャルルも目を開き顔を上げる。
だが誰か視認する前に、自分の名を呼ぶ聞き覚えのある声が耳に届いた。

「シャルル!」
「……え、……その、声っ……」
「シャルル」

まさかと思う間に、もう一度、名を呼ばれ。
その頃には、涙で霞む瞳でもその姿を捉えられた。
青い神官のローブはまだ新品同然に新しく艶やかで、動く度にふわりと空気を纏い広がる。
白い肌が薄暗闇の室内に浮かび上がり、綺麗なゴールドの髪が蝋燭の光にチラチラと瞬いていた。
そう、その姿を見間違うはずが無い。
たった独りの親友。
いつも自分に向けられる暖かな眼差しと慈しむ笑顔。

「……ベクター?」

ならばなぜここにいるのか?
シャルルは身体を包む熱を一瞬だけ忘れ、ただ驚きに目を丸くした。
予想外の事態に、ベッドに腰掛けたまま放心したように見上げるシャルルの前に、ベクターは静かに歩み寄る。
そしてレインの傍らに立ち止まり、レインと軽く目配せあう。
示し合わせたように一歩下がるレインに、厳かに一礼してみせると、ベクターはシャルルの正面の床へそっと跪いた。
目を見つめながら、自身を抱きしめているシャルルの両手をそっと引きはがし、一纏めにして両手で包み込むように握りしめる。

「シャルル、俺が解るか?」
「あ、ぁ、ベクター……ど、うして……?」
「お前の事、神の試練がどうなったか、全て聞いたよ」

静かに紡がれた言葉に、シャルルはビクリと身を震わせる。
そして慌てて掴まれている両手を剥がしにかかった。
だが明らかにシャルルの方が力があるというのに、ベクターの手を振り放す事が出来ない。
シャルルは軽いパニックに陥り、再び目の淵に涙が盛り上がる。

「ぅあっ……お、俺は……駄目だっ、手を離してくれ……俺は……汚れているんだ!」
「シャルル」
「嫌だっ……ぅ、ベクターまで穢れ……」
「シャルル!」

逃げをうつシャルルの名を強く呼べば、ビクリと身体を震わせた。
ベクターは、すぐ安心させるように握り込んだ手を軽く上下に振り、下から覗き込みながら優しい口調で言い聞かせた。

「俺は大丈夫。だからここに来たんだよ」
「……ベクタ……?」
「レイン様が教えてくださっただろう?お前を救いたくて来たんだ、シャルル」
「救いに……」
「そう。俺を信じてくれ」

真っ直ぐに見つめてくる強い瞳は、薬でとろけたシャルルの頭の中にすんなりと入り込んでくる。
目の前にいるベクターを涙で濡れた瞳がぼんやりと映し出す。
辛かった時、悲しかった時、いつも側にいてくれた。
横で朗らかに笑う姿に、優しい声に、何度励まされただろう。
そんな唯一の親友の言葉を疑う訳が無い。

シャルルは自分の心を示すように、深く頷いてみせた。
すると、いつものように暖かい笑みが返ってくる。
ドクン。
それだけで跳ねる鼓動。
手を握りしめる指が、つつっと僅かに手の甲を撫でる。
それだけでシャルルの口から熱い吐息が溢れた。
同時に、惜しみない労りの心さえも甘い毒に変えてしまう浅ましいこの身に、とてつもない恐怖を覚えた。
でも、もう振りほどけない。
ベクターの為にはすぐにでも離れなければいけない。
今にも触れる手からジワリと悪魔の呪いがうつってしまいそうだ。
それでも握られた手のぬくもりを、自分から手放す事は出来なかった。
どこまでも貪欲な自分。
だから悪魔に付け入れられてしまうのだ。
シャルルは、自身を目一杯責めながら、静かに目を閉じた。
ポロリ。
押し出されるように、一粒の雫が目の淵から頬を流れ落ちていく。
それを途中で受け止めたベクターの指が、やんわりと拭う。

「大丈夫だよ、シャルル」

もう一度、優しく囁いて。
ベクターは立ち上がると、俯くシャルルをそっと青のローブでくるむように抱き締めた。
やんわりと背や肩に触れる手。
労りの接触が逆に熱を産み出し、シャルルは身を捩り声を漏らす。

「ぁ、ぁ……あ」

しかし優しい抱擁は、手を離す事も強く受け止める事もしない。
ただ柔らかな拘束となって、シャルルが身動くのを好きにさせているのだ。
止まらない身体は、ますますベクターの身体と自身の衣服に擦られる結果になった。
腰掛けたまま身もだえれば、ギシギシと木製のベッドの軋む音が、静かな室内でやけに大きく響いた。
シャルルは思わずベクターに縋り付き、額を肩に押し当てる。

「ベクタっ……んっ……ぅ…」
「あぁ、すぐに助けてあげるよ、シャルル」

ポンポンと子供をあやすように背を叩き、ベクターは背後に立つレインへと視線を送る。
無言のまま小さく頷くレイン。
その顔には暗い笑みが浮かんでいた。
それに同様の笑みを返したベクターは、シャルルの身体から手を離し、肩を喘がす親友に囁いた。


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