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■ 2

「なら、もうひな人形は怖いから嫌だ〜ってならなかったのか、華奈ちゃん?」
「それが不思議な事に、朝になったらケロリだ」
「ふ〜ん、そういうもんかねぇ。まぁ、明るい所で見れば怖さより綺麗さの方が勝つのかな」
「さぁな」

あいつの気紛れ加減は解らんと、短い髪の毛をバリバリ掻きながら吐き捨てる男をチラリと盗み見て、光希はポツリと呟いた。

「怖さを忘れるくらいカッコ良いとか?」
「なんだそれ?」
「いや、こっちの男の方さ、よく見ると和風イケメンって感じ?」

そっと男雛の着物の生地を辿っていた指先が、ちょこんと白い頬に触れた。

「俺はかなり好きかも、こいつのかぉ……」

と、光希が最後まで言い終わらないうち、急に体が背後へ引かれた。
うわっと思わず声が出たと同時、葉平にしっかりと肘を掴まれている事に気付く。
それ程までの突然の出来事に目を見開きながら相手を見上げようとするが、その隙も無くなおも肘を引かれ、光希はよろけそうになる体勢をなんとか堪えた。
その勢いのまま、ずるずると和室から出されリビングへ。

「ちょっ、なに? 葉平っ、どうした…って、倒れる倒れる!」
「うるせぇ、さっさと上行くぞ」

葉平の走るに近い大股の歩みに半ば引き摺られるようにして辿り着いたのは階段の前。
そこで光希は肘を捕えた彼の腕を縋るように掴み返し、なんとか引き止める事に成功した。

「良いから止まれ! この状態で階段上ったら、確実に落っこちるだろ!」
「チッ……俺が支えてるから落ちねぇよ!」
「でも踵とか膝とか、ガンガン打ちそうで嫌だ!」

取り敢えず掴んでいる手を引き剥がそうとするが、鍛えられている握力はビクともしない。
けっして小柄でも細くも無い通常体型の光希だが、この馬鹿力ならば葉平の言う通り、本当に自分独りならば楽勝で持てそうだから嫌だ。
光希は不満を全面に押し出してキツく睨み上げてから、ふぅっと溜め息を吐き出した。

「どうしたんだよ、突然? なんか怒ってるみたいだけど」

顔を覗き込むように僅かだが自分よりも高い位置にある瞳を見上げる。
すると葉平は光希からすっと目を逸らし、口を一度固く引き結んでから、ぼそりと低い声を漏らした。

「……俺が独占欲つぇえの知ってんだろ」
「はぁ?」

予想外の言葉を耳にし首を傾げる間もなく、光希の唇は正面からぶつかる勢いで近付いた相手のそれに塞がれていた。
遠慮無い舌が隙だらけの唇をこじ開け押し入ってくる。

「ん……っ、ぅ……」

反射的に押し返そうとして、舌同士の先端が触れた。
ビリリ。
葉平の熱を舌先で感じた瞬間、光希の抵抗力がぐにゃりと消えて、後は向こうの思うがまま。
好き放題に口腔を彷徨う舌の感触と、背中を掻き抱く強い腕の力に思考が奪われる寸前、始まりと同様の唐突さで唇が解放された。
ぷは、と息継ぐ光希の顔を、葉平は額をくっつけた状態で凝視している。
ぺろりと口端を濡らす唾液を伸ばした舌で舐め取る。
そんな事も簡単に出来る距離を保ったまま。
薄く閉じた目蓋が震えながらまた開くのを待ってから、葉平は短い言葉を零した。

「すっげぇ顔近づけてんの見て、何かイラッとした」
「……え、なに?」
「さっき。華奈のやつ」
「華奈ちゃんのって……ひな人形の事?」
「おぅ」

ぎゅうっと背中を抱く手に力が籠る。
声の真面目さと言っている内容の差が激し過ぎて、光希は思わず苦笑を漏らした。
と同時、触れ合わせた額がグリリと擦り寄ってくるのを感じ、ますます笑みが深まった。

「いや、それよりも今の方が顔、かなり近いんだけど?」
「当たり前だ。俺は良いんだ、俺は」
「対象は人形だし」
「でも男だろ」

しかもイケメンとか好きとか言いやがってと、続く言葉は声にこそならないが、注がれる視線が充分に語っている。
顰められた眉を直に触れた肌で感じた光希は、その眉間を解すように今度は自分からそっと額を押し上げた。
そして葉平の背中に廻した手を伸ばし、ポンポンと宥めるように肩を叩く。

「ばぁ〜か、人形の好みと実際の人間の好みじゃ違うだろうが。それとも……なに、お前って自分があんな風な和風イケメンだと思ってるわけ?」
「誰が思うか、馬鹿っ! 全然違うだろ」

思わず顔を離して怒鳴る葉平に、光希がニッと笑う。

「そうだろ? 俺はこっちの顔の方が数倍良いんだ」

ついでにほっぺたをぎゅうっと摘んで伸ばしてやるが、固い頬は思うように伸びてはくれなかった。
しかし不機嫌に引き結ばれていた口端が、ようやくつられるように上がった事で良しとする。
すぐに光希が手を離すと、葉平も囲うように抱き寄せていた両腕を解いた。
しかし再び肘を鷲掴みにされ、すぐに階段を登れと促される。

「ちょっ、……おい、もう機嫌は治ったんじゃねぇのか?」


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