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飼育部活動報告2 サンプル
■ 2

後ろに続く足音は微かに聞こえていたが、まさか自分に用があるとは思いもしなかった。
振り返りざま、そんな驚きの眼差しを銀縁の眼鏡越しに寄越す痩身の教師。
アデラス・エスカーミは見知った顔の生徒に、すぐ表情を緩めた。

「タノサルド、どうしたんだ、こんな所で?」
「先生に用があって、教官室を訪ねようと思ったんだけど。その前に運良く途中であえました」
「ははっ、目的地はすぐそこだがな。用件は何だ? 込み入った話なら、部屋の方で聞くぞ」

言いながら、踵を返そうとする教師を、咄嗟にマルカは彼の焦げ茶色のローブを掴んで引き止める。

「いえ、たいした用事ではないんです。ちょっと、明日の確認を……」
「明日……と言うと、三時間目の授業の事か?」

瞬時に翌日の時間割りを脳裏に広げた男は、マルカに関係する項目を引っ張りだした。
確かに彼の担当する魔法歴史学の授業はあるが、特に課題などは出さなかった筈だ。
それとも他に何か確認事項があったかと、アデラスは前回の授業内容を思い返してみる。
つられて視線が右に反れ、何も無い空間を見つめていた。
一通りざっと記憶をなぞってみるが、これと言って思い当たる事は無く。
思わず眉間に皺が薄く寄った所で、マルカが口を開いた。

「違いますよ、授業の事じゃありません」
「ならば、ホームルームで何かあったか?」

マルカのクラス担任も兼ねているアデラスは、授業以外の共通点と言えばそれくらいしか思い付かず、すかさず新たな疑問を投げかける。
同時に何か重要な案件を忘れていただろうかと、また別方向へ思考を飛ばした。
が、それは目の前の生徒によって、すぐに打ち消される。

「先生、クラスの事も関係無いですよ。俺が言ってるのは、明日の飼育部の事です」
「……飼育部?」

マルカの言葉に、アデラスは一瞬、怪訝そうな表情を返した。
いったい何を言っているんだ。
すぐにでも薄く開いた唇からそんな声が漏れそうだが、実際は微かに黒い瞳が揺れるに留まる。
思案していた時よりも更に、まるで硬直したかのように動きを止めた男。
明らかに様子がおかしいが、マルカは穏やかな笑みを浮かべたまま、自分よりも僅か上にある教師の双眸を見つめていた。
その間、五秒も無かっただろう。
徐に差し出される青年の左腕。
そのタイミングに合わせ、アデラスの体がふらりとよろめいた。
しかし倒れる程ではない。男はすぐ我にかえったかのように目を瞬かせ、自らの力で体勢を整える。
二の腕のすぐ側に、マルカの手がそっと添えられていた。
結果的には必要も無かったが、もし倒れていたら受けとめられるように。
まるでそうなる事を知っていたのか、驚きの表情を浮かべるでも無く、青年は静かに担任教師から手を離した。

「先生、大丈夫?」
「あぁ……、すまない。もう大丈夫だ」

それは立ち眩みに似た感覚だった。
フッと意識が何かに包まれ、頭を揺さぶられたかのように鈍くなる。
ここ数ヶ月に渡り何度も見舞われ、すっかり慣れてしまった症状に、アデラスは小さく溜め息を漏らした。
無意識に触れていた側頭部から手を離す。
まだ少しぼんやりとしているが、それも一瞬の事。
軽く頭を振って、ずれた眼鏡を押し上げる頃には、たいがい元へ戻るのだ。
いつも。
霧が晴れるように、じわじわと目に見える世界が明確な輪郭を取り戻していく。
そんな中、ズイッとマルカの顔が視界に割り込んで来た。
近い距離で覗き込んで来る茶色い瞳。
それはアデラスと視線が重なった瞬間、満足そうに輝いた。

「うん、本当だ。もう目もボワッとしてないみたい」
「ちょっと目眩がしただけで、別に倒れたりはしていないだろう?」
「そうだけど……、けっこう頻繁におきてませんか? やっぱり何か病気だとか……」
「いや、本当に何も無いんだ」

心配そうな声音に、アデラスは肩を竦めてみせる。
そう言えば、この症状が出る時、偶然にもマルカが居合わせる事が多かった。
一度や二度ではきかず、しかも今まさに目の前でふらついたとあっては、適当な言葉で誤摩化す事も出来ない。
だが実際に検査を受けてみたが、体調などに何も支障が無く、原因は不明のままだった。

「まぁ、強いて言えば……、やっぱり寝不足……なのか?」

これも厳密に言えば、ちゃんと充分な睡眠時間を取っているので、寝不足とは言えないだろう。
しかし頻繁に見る悪夢 ―― 目が覚めた瞬間に内容は全く覚えていないので、言い切る事は出来ないが ―― の所為で、体も精神も休んだ気がしないのは本当だ。
おかげで時折ふとした拍子にぼぉっとしてしまったり、何も無い所でふらついて壁に肩をぶつけたりする。
酷い時は昼休みに職員室の自分の席で机に突っ伏して居眠りまで。
―― その時もマルカがちょうど訪ねて来ていたな。
過去の一連のやりとりを思い出したアデラスは、つくづく情けない姿ばかり見せていると、困ったように首を傾げた。


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