二人じゃないと解らないこともある
「私、菅原嫌い」

その一言で、部内の空気が凍りつく。
部員が慌てて、一年も二年も三年も、一斉に菅原を見た。
清水の言葉は確実に菅原に届いた筈だった。
なのに菅原本人はと言えば、呆れるくらいいつも通りに帰り支度を進めている真っ最中らしく、全員の刺さるような視線を受けて、ようやく周りが受けた衝撃の大きさを知ったらしい。

「えっ、何、皆どうかしたのか?」

それでも本人はさしたるショックも受けていない様子で、それにいち早く気付いた西谷と田中が、普段清水に食い付くような早さで菅原に詰め寄った。

「スガさん!!潔子さんに、「嫌い」って言われたんスよ?!!」
「うん、聞いてたけど?」
「「ショックじゃないんスか?!」」

単体でもただでさえうるさい二人の声が重なり、思わず手で耳元を覆いながら、菅原は顔を顰める。
大体、お前ら帰り支度終わってないだろ。大地と旭まで。と指摘しながら、菅原は荷物を背負って立ち上がった。

「・・・というか、知ってるよ?」
「何がっすか?!」
「清水が俺のこと嫌いだってこと」

真の衝撃は、本来ならば一番ショックを受けている筈の本人から、周囲へと与えられた。
固まっている清水以外の烏野バレー部に、じゃあな、早く支度しろよ。と挨拶を投げ掛けて、菅原の姿が体育館から消えて行った。
暫くそのままだった体育館から清水の姿も無くなって、ようやく体育館に絶叫がこだました。


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「・・・流石に皆の前であんな風に言わなくても・・・」

いつもの待ち合わせ場所、住宅街の角。清水はそこに立つ菅原の姿を視認して、僅かに歩くスピードを早めた。
ぼそりと聞こえたのは、空耳では無いだろう呟き。先ほどの自分と同じように、聞こえるように言っているのだ、と。自分は意外とすぐに拗ねてしまう菅原の隠れた性格を知っている。
そう思うだけで、ちょっとした優越感を持てるのだから、人間とは不思議なものだ。そう、清水は微笑を浮かべた。

「菅原」
「あ、清水。遅かったな」

気づいてた癖に。とは言わないでおいた。
先程の菅原の言葉が可愛らしくて。そして自分もあんな心にも無いことを言ったのだから、お互い様だと割り切った。

「んで、首尾はどうでしたか、清水さん?」
「あの後も、皆固まったままだったから、上手く行ったんじゃない」
「おー、やったじゃん」

清水は嘘のつけない人だった。
何を言うにも真顔でいることが多いからか、冗談を言うのも苦手で、人に嘘をつくのだって嫌い、なんていう凄い人だった。
それは寧ろいいことなんじゃないか。その時の会話で、菅原はそう告げたように自分で記憶している。
しかし清水は首を左右に振った。黒くサラサラな髪がぱらぱらと舞って、吐く息とのコントラストが綺麗だったのも鮮明に覚えている。
ならば、と菅原が提案したのが、「本当とは逆のことを言う」という、まるで恋する小学生男子のような態度を、あろうことか清水に取らせるという強行手段だった。
なんとか話は合わせるから、と説得して、今日のあの結果に至るわけであるけれど。

「まあ、ちょっとは傷付いた、かな」
「何か言った?」
「いいや、なんでもない」

でもこれで、俺と清水が付き合ってるだなんて、誰も思わなくなるだろ。

少し照れ臭そうに、少し嬉しそうに笑いながら、菅原は清水に手を差し出した。
いつもこの瞬間は恥ずかしい、と清水は思う。手を繋ぐこと自体が恥ずかしいというよりは、菅原の手の出し方が、何故かキザっぽいからだ。
でも戸惑うことなく差し出された手を握ると、清水の歩き出すスピードに合わせて、菅原も歩を進める。これが二人の「日常」となっていた。

「周りだけじゃ分かんないこともあるよな」

呑気に笑う菅原を見て、清水も僅かに笑みを浮かべた。






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