雨天日和
静寂の訪れた体育館に、ささやかな衣擦れの音と、葉に当たるほんの僅かな雨音。
雨は午前中よりは弱まってきたようで、菅原は外にやった視界がうっすら白んでいるのに少し顔を顰めた。
雨が弱まってくれたことに安堵する反面、まるで霧のように空気を占領する雨滴に溜め息を一つ。この雨粒に傘は通用しない。
いつの間にか重苦しい灰色から白色に変わった空は、それでも雨を降らせ続けている。
さてどうしようか、と考えながら、菅原は体育館の隅に放置されていたワイシャツを羽織る。その辺りに代わりに放置した体操服の上を拾い上げて、真っ直ぐ反対側の隅へと向かう。


「あれ、リボンは?」

まだ、と清水は答えた。彼女の回りには、衣服など全く散らばっていなかった。
清水の傍に腰を下ろすと、まだ生暖かい。少し湿っぽい気もする。それは決して雨のせいなどではなくて。

「・・・結んだげるよ」

近くに落ちていた見慣れたリボンを拾い上げて、許可を得るよりも先に、清水の首にリボンをかけた。
清水は着替え終えたばかりなのか、眼鏡をかけていなかった。裸眼で0.1を切ると言っていたのだから、かけていないと危ないだろう。
傍の鞄に丁寧に置かれた眼鏡に手を伸ばして、ふと菅原は思い立って伸ばした手を再び清水の首にかけたリボンへと戻した。
今時の、後ろに調節ゴムが付いているような利便性は、烏野制服には無い。ネクタイは勿論、リボンも一から手で結ぶ必要がある。
しゅるりとワイシャツに擦れる音。清水はそれに僅かに眉を寄せたけれど、ただ為されるが侭になっていた。
きっと清水は、自分の首でやった方がやりやすいとでも思っているのだろう。何も言わない清水からそう判断して、菅原は微かに笑みをこぼした。
菅原が自らの首もとを探れば、先程きちんと形を整えたネクタイが指先に触れる。
三年間で結び慣れたそれは、逆を返せばどうすれば簡単に解けるかも知っている。結び目に人差し指を引っ掻けて、後は重力に従って下ろすだけ。
音も無く外れたそれを、清水のリボンとすり替えて、ワイシャツの襟に合わせてささっと結んでしまう。
女子用のネクタイとは違って、幅が広いそれは、清水の呼吸に合わせて僅かに上下する。
最後に眼鏡をかけてやって、手に残ったリボンは清水の鞄の中にしまいこむ。

「はい、出来た」
「・・・スガ、私のリボン何処やったの」

あからさまに顔を顰めた清水は、首もとのネクタイを外そうと指をかける。
が、リボンとネクタイでは取り外し方のそれに違いがあるようで。その結び目に苦戦を強いられていたその隙に、清水の両手を片手でまとめて頭上へと。

「外さないで」

今だけでも、俺のものだと思わせて。

声の残響が、静寂の訪れた体育館に痛い。
雨滴の落ちる音は未だに続いている。けれどこの空間だけ切り取られてしまったかのように、沈黙が耳を侵した。

「・・・リボンは、」
「鞄の中に、入れたよ。
 ・・・立てるか?」

菅原の言葉に、清水はこくりと頷いて、いつの間にか拘束力を持たなくなった片手から手首を抜き、鞄を片手に静かな動作で立ち上がる。

午前中に先生から預けてもらった鍵は、ズボンのポケットの中で硬質な音をたてる。体育館の出入口の鍵を閉めて、部室の戸締まりも確認してから清水に鍵を預けた。
今日は、本当ならテスト期間で、部活は午前中だけの筈だった。それでも居残ったのは、真面目に練習をするのが目的ではなかった。
雨宿りを言い訳に、鞄に潜ませた折りたたみ傘は存在自体を忘れたふりをした。
全ては、清水と一緒にいたいと言う、何とも我が儘な独占欲。
神聖とも言える体育館で、清水を独占する行為への背徳感。

「雨、やんだわよ」
「お、ラッキー」


雨天日和




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あきゅろす。
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