これがなれそめ
ふわり、漂う金木犀の香りが鼻を擽る。
甘く濃厚な香りは辺りを満たし、通りすがる者たちの足を留める。僕もその内の一人に入れたんだ、とちょっと笑った。

「たしか、あの公園の近くにもあるんだよね、金木犀」

他の花々とは違って、金木犀は少しいびつな形で花を咲かす。決して一つの花単体では「美しい」とは思えないその花を、彼女はきれい、と形容した。
金木犀の大樹の前、噎せ返るような独特の芳香に包まれながら、記憶の中の少女ははにかむように笑った。
まだ笑うことに慣れていなかったあの時代。気付けば何時だって陰気臭い顔をしていた気がする。
見つけて貰えないですすり泣く少女、本当を見定めて貰えないで泣き喚く少年、人の本当を無意識に貰ってしまい静かに涙を流す少年。
誰にも分かって貰えなかった、忌むべき赤い目。三つの欠片が互いに相反する能力でありながら、互いを受け入れる能力であったことに気付いた時の喜びは、きっと他人には永遠に理解し難いものだろう。

真っ赤な目を涙で滲ませた彼女は、このままじゃ消えちゃう、と縋り付いてきた。
あの公園のブランコに一人座っている彼女を見つけてその言葉を聞いた時、嗚呼これが僕の役目だ、とようやく心にすとんと落ち着く物を見つけた。
僕の能力を見破れる彼には出来ない、彼女を見つけるという大切な役目。
以来、いなくなった彼女を見つけるのは何時だって自分の役目だ。それがこの世界を生きる意味で、それから彼女の事が好きになった。
勿論、三つの欠片は崩れることなく保たれている。
それは意気地無しが彼女に思いを伝えていないからで、きっと彼女も彼も気付いているのだけれど、見て見ぬふりをしていてくれるから。

「その甘さに、甘えてたんだね、僕は」

でも、その緩やかな中に居るのは、もう止めにしよう。
金木犀の香りに追われながら、その場を後にした。
その昔、彼女を見つけた公園に良く似た此処に来たのは、小さなけじめを付ける為。
―――そう、好きなんだ彼女の事が。だからこの真夏の作戦が始まってしまう前に、彼女に伝えて、この心地好い関係を壊してしまおう。
もうこの身に未練など残さないように。
ゆっくりと茜色に染まる空を見た。燃えるような赤は、たった一人でいた姉と同じ色で、まるで僕らの未来を暗示しているようだった。

「さぁこれからする咄は、今まで僕自身を欺いてきた、君への想いだよ、キド」



これがなれそめ
(いま、ここからはじめよう)



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