センセイ
開けば憎まれ口しか叩かないバカどもも、やはり切羽詰まってるんだろう。机は疎らにしか埋まっておらず…その中に気になる旋毛はねぇだろうかと覗いた教室に、お目当てのメガネはいなかった。
「さすがに…いるわけねぇか…」
冷え上がった廊下に肩を丸めて準備室に戻る。
片付かない机の上に教材を置いて、軋みやすい椅子に座る気になれず、何となく室内を見渡した。
なにか足りない気がするのは肝心なアイツが欠けているからだろうか。
いつも何かと理由を付けて呼び寄せたアイツの特等席は、必ず俺の目の前にくるようにしてあって。
しょーもねぇ話をグダグダしながら眺める景色が好きだった。
艶のある真っ直ぐとキレイに延びた前髪に、映える夕日に照らされて…目を細める仕草に心臓が揺らされてた。
窓に写った俺の視線に気づいて一瞬だけ目が合えば、真っ正面に向かれる志村の顔は夕日に染められて…その顔に頬を染めているような錯覚を起こして…変な期待を持ちたくなる。
「先生、夕日がキレイですね」
「……おぉ」
青春の1ページ
まさしくそんな感じだ。
いつまでも灯されないタバコをくわえて、力なくライターをカチカチと鳴らせば、俺のテンションの様な火花が咲く。体を預けて眺めた校舎に望む景色はねぇのに、未練がましく見続けても思い描くのは…アイツの顔で。
憎まれ口も
呆れた物言いも
俺にぶつけてくれる
全ての感情に
俺は奪われていた
何度その腕を
掴みかけたか
何度その制服に手をかけたか
だが俺はお前のセンセイで
お前は俺の生徒
お前がその制服を脱いだら
俺とお前の関係は終わる
お前は新しい生活に追われ
俺の知らない顔をするんだろう
ココでの生活を思い出にして
真新しい過去を置いていくのだろう
ココに俺だけを置き去りにして
未来へ
味気ない景色に見慣れた頃、思い人が視界に入る。
「…いたのか」
渡り廊下を歩く志村の手には、今や相棒になりつつある参考書たち。
そうか、図書室に…
思いがけない遭遇に鳴らすだけのライターを白衣に仕舞い、都合のいい俺の唇は端を僅かにあげて寒々しい廊下へと飛び出す。
少しの逢瀬すら…今の俺には……喜びを与えてくれる。
「大概にゲンキンだな俺も」
息を切らしたところなんて見せられやしないから、角を曲がる前に深呼吸を繰り返した。
アイツがまだいるか分からずそっと顔をだせば、志村は窓を覗いていた。
シンシンと降り続ける雪を眺めながらそっと第二ボタンを握りしめていて。
切なげに眉を寄せ思い詰めたような息を吐く。
「し、…」
呼びかけようと声を発した瞬間、俺の目に映ったのは、
『 』
声は届かなかった。
だがあの口の動きは…あの四文字は…
いつも俺を呼ぶときの…
なぁ志村
俺はこの一縷の望みに賭けてもいいか?
イヤなんだよ
お前の思い出にされんの
お前の懐かしい人にされんのなんて
たまんねぇよ
お前を思い出にも出来ず
置き去りにされるなんてよぉ
壁に背をつけて繰り返す深呼吸。
上昇し続ける心拍数に焦りが積もる。
春がくれば俺はお前を失うんだ。
学ランと白衣の関係が絶たれて
俺はお前との距離を思い知るんだ。
でもその前に
お前をつなぐ術があるのなら
お前との距離が縮められんなら
それに賭けてみてぇんだ
お前がそれを望んでくれんなら
逸る鼓動を抑え飛び出した渡り廊下
カッコなんかつけられなかった
乱れた呼吸を誤魔化せなかった
それでも
俺は志村の右手をボタンごと
その手に握りしめる
「なぁ、志村」
「…せ、」
今度は俺ん家のアパートで
一緒に桜を眺めてみねぇか?
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