★ 純 情 ★
言いたい言葉がある。
言って欲しい言葉がある。
でもそれは、手の届かないモノだと思っていた。
いつもの様に、昼ごはんを皆で食べて。
いつもの様に、僕は後片付けをして。
神楽ちゃんは、定春と遊びに。
銀さんはいつもの場所でジャンプを読んでいる。
そう、いつもの昼下がり。
僕は洗い物をしながら、思う。
いつから、それが物足りなくなっていたのか?
ずっと、3人で仲良くやっていくんだ。家族なんだと、思っていたのに。
いつの間にか、銀さんを好きになっていた。
恋愛対象として…。
普通は神楽ちゃんだろう、何て思ってみても気持ちのベクトルはあの人に向かってる。
それでも、このぬるま湯のような優しい時間が大切で。
この感情は、誰にも知られない様に胸の内に秘めていた。
秘めていくつもりだったのに。
「新八、片付け手伝うわ」
「え?どうしたんですか、急に?」
突然、台所に入ってきた銀さんが僕の隣に立つ。
心臓が、鼓動が早くなる。
「いや、いつもお前にまかせっきりだから悪ぃなぁと思ってさ」
頭を掻いた後、僕が洗った食器を拭いていく。
「そんな、いいですよ。もう、日課みたいなものですし…」
二人きりの台所はいつもより狭く感じる。
やめて欲しい。
隣になんて立たないで欲しい。
鼓動や震える指先に、気付かれたくない。
「いいって、ほら。皿貸せよ」
「ちょ、銀さん!」
洗い終わった皿を銀さんの手が取った時、指に銀さんの手が触れる。
そして、甲高い皿の割れる音が響いた。
「す、すいません!すぐ片付けますから」
「おい、新八。素手は危ねーって!」
ほんの少し触れたぐらいで。
恥かしさに顔が赤くなる。
しゃがみ込んで顔を見られないように、割れた皿を拾い集める。
銀さんはちりとりを取りに行ったようだ。
情け無い。
きっと、銀さんは変に思ったかもしれない。
「お前、危ないって言っただろ」
戻ってきた銀さんは少し怒ったような声で、僕を押しのけた。
「…すみません」
「そんな、謝んなくてもいーよ。どうせ安もんの皿だ」
そう言いながら、銀さんは手際よく片付けてしまう。
忘れがちだが、この人は家事も出来る。僕なんかより上手いくらいに。
だったら、僕はここに必要なんだろうか?
一瞬、不安がよぎる。
「お前、何か変じゃねぇ?調子でも悪いのか?」
「あ、そんな事…無いです」
まともに顔を見れなくて、俯いたまま返事をする。
「…新八、お前手切れてるぞ」
言われてみると、手が痛みを訴えてきた。
さっき割れた皿で切ったのだろう。
銀さんの忠告を無視するから。
自分が情けなくなってくる。
「ちょっと、見せてみろ」
「やっ…!」
しまった、と思った時には遅かった。
僕の手を取ろうとした銀さんの手を、払いのけてしまった。
「ご、ごめんなさい…。でも大丈夫ですから」
「…」
「銀さん!?」
無言で今度は腕を掴まれた。
そして居間まで連れて行かれる。
「座ってろ」
そう言って、銀さんは救急箱を取ってきた。
無言のまま手を取られる。
恥かしさで払いのけたい衝動を、今度は押さえ込んだ。
これ以上、変に思われたくない。
「…結構、深いな」
「…」
銀さんが手当てをしてくれてる間、僕は手が震えない様にする事で必死だった。
手の痛さを忘れるくらい。
「お前さ、もしかして俺に触られるの嫌なのか?」
ドキリとした。
「別に、そんな事…」
「じゃあ、何でそんな顔してんの?」
そんな顔?
「泣きそうな顔」
言われて、急いで笑顔を作った。
「い、痛かったから。その、手が…」
慌てて言葉を紡いだら、銀さんの視線に止められた。
「俺が嫌いになった?触られるのも嫌なくらい」
「ち、違いますよ!」
真剣な眼差しに、心が揺れる。
言ってしまたい。
銀さんが、好きなんだって。
「今更、離さねぇからな」
「え…?」
銀さんが手を握ったまま、低い声で言った。
「家族だと思えって言ったのはお前だろ?」
「銀さん…」
そう、確かにそう言ったのに。
裏切ったのは、僕。
「ごめんなさい…もう、無理です」
無理矢理作った笑顔は、脆く崩れた。
「だって、銀さんが好きなんです」
言ってしまった。
隠し続けるには、僕には重過ぎる想いだったから。
銀さんが、そうやって優しく手を握るから。
「お前…」
驚いた顔の銀さんに、全てが終ったと。
何だか体から力が抜けた。
「だから、家族には戻れません」
「ばかやろっ」
途端に手を引かれて、抱き締められた。
「銀、さん?」
「勝手に終らせるな!」
耳元で銀さんの声がする。
温もりが体を包む。
これは、夢なんだろうか?
「俺だってなぁ、今まで我慢してたんだぞ。くそっ」
それは、どういう意味?
「お前が好きだ、新八」
「…銀さん」
夢なら、どうか覚めないで。
そう思ったら、泣けてきた。
「銀さんっ。銀さん、銀さん」
縋る様に、名前を呼んだ。
「好きです、銀さんが…好き…」
「俺もだ、新八」
夢じゃない事を示すように、優しい唇が目元に触れた。
「泣く事じゃ、ねぇだろ?」
困った様に呟く銀さんが、可愛くて。
「…はい」
僕はやっと、本当に笑う事が出来た。
★ 純 情 ★
END
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