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恋は盲目とはよく言ったもので
初めてアイツを意識したのは、昼寝から起きたら毛布が掛かっていて、更にアイツが側に居た時。アイツは俺が自分の側で寝るのが当たり前みたいな顔で洗濯物を畳んでいて、のっそりと起き上がった俺にこう言った。
「ああ、起きたんですか? おはようございます」
何が「ああ、」だよ。俺がどんな状況でも昼寝出来る体質だとでも思ってんのか、この眼鏡。
内心ムカつきながらも、他人が居る家で毛布を掛けられても目を覚まさない程熟睡出来る自分に驚いた。


次に意識したのは、春雨の末端とちょっとやり合って、アイツらが攫われた時。いつの間にか背負い込んでいた背中が軽くなるのが怖かった。無事な姿を見て、心底安堵した。
ボロボロの体で、二人分の体重を抱えて帰った。腕に抱える重みが、首に縋る腕が、耳に掛かる息が、背中に感じる温度が、全てが掛け替えの無い大切な物に思えた。絶対に護ると、自分自身に誓った。


その次に意識したのは、神楽が帰るだの帰らないだのエイリアンがどうのと騒ぎになった、その後。
一段落して万事屋へ帰ろうと歩いてる俺の後ろからアイツがズンズン歩いて来て、
「家族と思ってくれて良いですからね」
と泣きながら言って俺を追い抜いて、またズンズンと歩いて行った。コイツは離れて行かない、ずっと側に居るんだと思ったら、急に肩の力が抜けた。
家族、だって。マジでか。本当に思うからなコノヤロー。


更にその次に意識したのは、機械家政婦の事件の時。訳も解らず襲われて逃げてる時、アイツは俺の後ろで確かに言った。
「何回壊れるんだウチの玄関はァァ!!」
後になって冷静に考えてみる。ウチって、いや、お前の家は他にあるだろ。待てよ、アイツは俺の家族なんだから、俺の家はアイツの家でもあるのか。
色々グチャグチャ考えていたら疲れたので、それ以上頭を使うのは止めた。ただ一つ確かなのは、アイツが万事屋を『ウチ』と言ったのが嫌じゃなかったと言うか、ぶっちゃけ嬉しかった事だ。


そのまた更に次に意識したのは、アイツが家計簿付けてウンウン唸ってるのを見た時。そんでもって、
「どうしよう」
と零す声を聞いた時。
「何で僕がこんな事やらなくちゃいけないんだ」じゃなくて、赤だらけの家計簿を見て「どうしよう」って。本当なら俺がやらなきゃいけない事だろ、やらないけど。それを「どうしよう」って。お前がそんな事で悩まなくても良いだろ、俺の奥さんじゃあるまいし。
……奥さん? いやいや、十六歳のガキに、眼鏡に、何より男に、何考えてんだ俺は。この時はこう思った。


でも、と考え直してみる。アイツもう、俺の奥さんじゃね?
朝は俺達を起こして飯作って洗い物片付けて、掃除して俺のパンツまで洗濯して買い物行ってジャンプ捨てて縫い物して夕飯まで作って。これだけじゃ家政婦と同じなんだけど、そうじゃなくて。
俺が「茶飲みてぇ」とか考えると何も言わずにアイツが二人分茶を淹れて、「どうぞ」と置いて行って一緒に飲み始めたり、「アレどこだっけ」と訊ねると「あー、はいはい」と立ち上がって持って来たり、要するに以心伝心が半端無い。
それと、定位置とでも言うのか。アイツが隣に居るのが当たり前みたいな空気感とか。つまり、波平とフネに代表される熟年夫婦みたいだ。
…熟年夫婦。そこまで考えて、ふと眼鏡を見てみる。
「どうかしましたか?」
俺の視線に気付いたアイツが、レンズ越しに真ん丸い目で俺を見る。
「別に、何でもねェよ」
その時気付いた。
俺、コイツが好きだわ。


好きになった特別な切っ掛けなんて無い。小さな意識の積み重ねが、いつの間にか無視出来ない程大きくなっていただけの事。人間なんてそんなモンだ。
さて、好きだと気付いた途端に問題が発生した。それは、新八が可愛く見えて仕方が無いという事だ。恋の病のせいか妙なフィルターが掛かっているらしい。
例えば、新八が転んだり包丁で指を切ったりしたとする。前までの俺なら、『何やってんだよ駄眼鏡が』で済んだ。しかしフィルターが掛かった今の俺に言わせれば『んもう、このドジっ子さんめ☆』になるし、プリプリ怒ってる顔を見ても『そんな顔しても可愛いだけだゾ☆』となる。何とも恐ろしいフィルターだ。
そんなフィルターが掛かった俺の周りを、アイツがちょこまかと動き回る。俺を惑わすのは止めてくれ、ちょっとした事でも可愛くて仕方無いんだよ。もう我慢出来ねェ、ポロッと言っちまうぞ、好きだって言っちまうぞコノヤロー!
「新八ィ!」
「はい、何ですか?」
丁度掃除を終えた所らしく、襷掛けしていた紐を解きながら新八が俺の座るデスクに歩み寄る。
「あのォ……」
とか言いつつ、露出していた新八の腕が隠されていくのをガン見の俺。
「はい?」
「お、俺……」
「何ですか?」
「…………」
「…………」
「……茶、飲みてぇなー、とか」
「じゃあ、淹れて来ますね」
違うんだフネ、波平ホントはそんな事思ってない。新八が台所に消えたと同時に、俺はデスクに突っ伏して額をグリグリする。
あー、俺の馬鹿、冷静になれ。我慢出来ないからって言ってどうする? 俺はスッキリするよ。でも、同性の上司に好きだと言われたアイツはどうだ? もしかしたら万事屋辞めるかも知れない。俺が同じ立場なら即刻辞めるもん。
閃いた。好きだって言おう。で、その直後に『なーんちゃって』だ。これさえ付ければ全て冗談になる。

「お前が好きだ」
「え、マジですかキモッ」
「なーんちゃって、嘘だよ嘘」
「何だ、からかわないで下さいよ」

よし、これなら行ける。俺がスッキリしてちょっぴり落ち込むだけで、後は何も変わらずいつも通りだ。イメージトレーニングは完璧。俺は今フネに乗り込み、いざ大海原へと漕ぎ出すのだ!
「はい、どうぞ」
コトリと小さな音を立て、目の前のデスクに新八が淹れた茶が置かれた。湯気と共に立ち上ぼる香りが嗅覚を擽る。
「サンキュ」
二人分の茶を淹れた新八は残る一つの湯飲みを手に、長椅子に腰を落ち着かせてテレビを見始める。その新八の隣に、俺が湯飲みを持って移動。
「どうしたんですか?」
当然不思議そうな顔を俺に向ける新八。
「何となく」
「そうですか」
どっかりと座り茶を啜って答えると、新八は俺に興味を無くした様にふいと顔を背けてテレビを眺める。
「………」
ピンと伸びた背筋、丸い黒い頭、柔らかそうな頬、湯飲みを支える両手、茶をフーフーと冷ます突き出た唇。
「………」
ヤバい。可愛い。フィルターのせいで、何もかも可愛く見える。やっぱり好きだとしみじみ思う。
「新八」
「はい」
「俺、お前が……」
好きだ。スゲー好きだ。ずっと側に居てくれ。ずっと俺のパンツを洗ってくれ。ずっとお前の味噌汁が飲みたい。嫁に来い。坂田新八になってくれ。言いたい事が次々と浮かんで、言葉の塊が喉に詰まる。
「すっ、…好き……」
「僕がススキ? 頼りなくて貧弱って事ですか? 確かに銀さんと比べればそうかも知れませんけど、でも今は成長期真っ直中なんですから、後少しすれば僕だって」
「違ェェ! お前が好きだっつってんだろーがァァァァ!!」
「………え」
「あ」
見当違いに腹を立ててベラベラと喋る新八にムカついて、つい怒鳴っちまった。ああ、言っちゃったよ。言おうと決めてはいたが、新八のポカンと口の開いた顔を見ると先走ったかと後悔が過ぎる。
どうする、どうする俺!? 心の中で叫んでも、俺の手にライフカードは無い。俺はオダギリじゃないから。
そうだ、俺にはライフカードじゃなく、切り札『なーんちゃって』があった。今こそ発動する時だ。カードを場に出す代わりに、息を吸い込んだ。
「なー…」
「なぁんだ」
俺が切り札を出す前に、新八が気の抜けた声で呟いた。
「……なぁんだって、何だよ」
俺の決死の覚悟を平然と受け止めた挙句に『なぁんだ』で済ませた新八が、手にしていた湯飲みを机に置いて俺に向き直った。俺も新八に倣い、慌てて湯飲みを置く。
「僕ね、ずっと不思議だったんです。銀さんが格好良く見えて」
「見えて、って…当たり前だろ、銀さん格好良いから」
「だって、寝てる時もジャンプ読んでる時もダラダラしてる時もグダグダしてる時も神楽ちゃんとご飯取り合ってる時も酔って帰って来た時も、剰え今お茶飲んだ時もですよ!? 格好良い筈無いでしょ! 格好良いとか可愛いとか思うなんておかしい!!」
「…何か……酷くね?」
「…と、思ってたんですけどね。解っちゃいました」
眼鏡の奥の大きな目が微かに細まり、柔らかく優しげな表情になる。
「フィルターが掛かってたみたいです」
その表情で、新八が信じられない事を言う。
「その…好きだから。銀さんがキラキラして見えるフィルターが掛かってたみたいです」
「は? 好き?」
真っ赤になった頬、俺をじっと見る黒い大きな目、困った様に下がる眉尻。
「今気付いたんですけど、僕も、好き…みたいです」
「………え?」
「……あ、の…」
「…………なぁんだ」
やっとそれだけを漏らして、溜息を盛大に吐き出した。そんな俺を見て新八が笑う。可愛いとか思ってんのかコノヤロー。俺はそんなお前が可愛くて仕方無いんですけど。


どうやら、恋をしてフィルターが掛かるのは俺だけじゃないらしい。



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