3 軒下の雨宿り いつになったら雨は止むのだろうか。 自室からぼんやりと外を眺める。 布団に座り込んで胡坐を掻いて頬杖をして。 降りしきる空と言えど雲の遥か上には日が昇る。 ただ、お日様は見えないだけ。 カラカラと聞こえてきた音。 姉上だ。 そう思い部屋から出て玄関に向かった。 「あら、新ちゃん。起きてたの?」 にこりと笑った姉上にお帰りなさい。 そう言おうと口を開いたけれど、声は音となって聞こえて来なかった。 「…新ちゃん?」 焦って、パクパクと口を金魚みたいに動かして。 喉を押さえて見たけれど痛みなんて全くなかった。 「…!」 顔を青くして焦る僕に姉上も尋常じゃないと思ったようだ。 「病院に行きましょう…!」 手を掴まれて姉上の手に引かれるまま道場を後にする。 「…特に、これと言った原因は見つからないね」 途中でタクシーを捕まえて、大江戸病院に駆け込めば受付で看護師さん相手に暴れだした姉上を声もなく止めるのは大変だった。 看護師さんが半泣きで先生を呼べば緊急で検査をされた。 「そんなはずないですよ!実際に声が出てないんです!キチンと調べて下さい!!」 診断結果に納得が出来ない姉上が先生の胸倉をつかみ今にも殴りかからんばかりだった。 姉上!! そう叫んだつもりが口を動かしただけに終わってしまった。 僕の様子を見て先生の目が少し細められた。 「失声症と言って声が出なくなる症状があるんだ。 最近精神的に凄くストレスを感じたりする事がなかったかい?」 そう言われて頭の中を過った、銀さんの後ろ姿。 銀さん。 そう声を出そうとすれば更に声を縛り付ける様に声が出せなかった。 不安な顔をした僕を見て、姉上と先生は息をついた。 「新ちゃん」 タクシーに乗って道場まで帰ってくれば、姉上が呼びとめる様に名前を呼んだ。 立ち止まって振り返る。 道場の門の前。 シトシト降り続ける雨に姉上が少しづつ濡れていく。 自分の肩が濡れていくのを頭の片隅で何処か他人事のようにとらえていた。 「お仕事は暫く休みなさい。万事屋には連絡しておきますから」 姉上の瞳が、僕の心の中を覗きこむ様で。 思わず、逸らしてしまう。 「何があったか知らないし、聞くつもりもないけれど。 声が出なくなる様な原因があると言うのなら万事屋には行かせません。 冷静に考える時間を作りなさい」 姉上の手が、ゆっくりと肩を押していく。 僕が迷った時、辛かった時。 いつだって優しく手を差し伸べてくれる。 目を閉じて、地面を向けば雨が頬を伝って流れ落ちた。 まるで、涙のようだった。 何処か遠くで、雨宿りしている猫の鳴き声が聞こえてきた。 とても優しくて、穏やかで。 何処かほんの少しだけ、悲しそうだった。 [*前へ][次へ#] |