短編小説
1
無自覚静→→臨/精神弱静雄





新宿に臨也を殴りに行ったら、苛々をぶつける対象のそれがぽつりと消えていた。そこにいた分厚いファイルを片手に持つ長い黒髪の女は俺を一瞥して、何の言葉も発することなく臨也の家から出て行った。残されてしまった俺はただ、やけに寒く感じる臨也の家の中で暫くぼんやりとしていた。
我に返って、なんだ漸く死んだのかと一笑して、その場を後にした。



池袋で臨也のにおいがしなくなった。
清々するとその日々を謳歌できたのは、数日だけだった。今日もにおいがしない、今日もしない、今日もしない、今日もしない、臨也のにおいがしない。
煙草のにおいばかり嗅いでいたら、臨也のにおいを忘れてしまうかもしれないとなんとなく思った。
くわえた煙草をギリギリと噛んで千切ってみた。別に意味なんてない、なにも。



もそもそと、本来なら美味しいと感じる筈のポテトを食べる。たくさん寝た筈なのに、眠り足りないと感じることに違和感を覚える。トムさんの声が耳に入ってこない、なにも考えられない。
この喪失感の意味なんてわからない。




喧騒の中歩きながら、眠気に身を任せて目を閉じてみる。今すぐにでも眠ってしまいそうな浮遊感に、このまま何も考えずコンクリートの上に崩れてしまおうかと、そんなことを思い浮かべた。



「あれー?シズちゃんなにしてんのー」



間延びした声に身体が跳ねた。

「あっは、なにその顔気持ち悪い!
化け物が一丁前に体調不良かい?
丁度いい、そのまま死ねよ」

「……………臨也」

すぐ近くにいるそれが幻なんじゃないかという不安が体を包み、足が勝手にそれの方へと動く。
それはいつものようにナイフを構えて、にやにやと嫌な笑みを浮かべていた。
俺はいつものような拳ではなく、開いた手をそれに向かって伸ばす。
俺の手をかわしてナイフを突きだしてきた臨也の細い腕に、もう一度かわされた手を伸ばした。

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あきゅろす。
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