New 決意をした日《学パロ》 おかしな男だと、吉継は思った。 入学と同時に石田三成の噂を聞き、廊下で奇人だと誰かは話していた。しかしどんな噂を聞こうが、吉継には関係ないと思い直し自分の教室へと向かう。ゆっくりとした歩調であるが、誰も気にかける声を掛けられることはない。ほぼ全身を覆い尽くす包帯に不気味な雰囲気を漂わせていた。よく自分を此処へ入学させたと思ったが、そのことには感謝した。 教室に入るとクラスの奴らは吉継の姿に驚くも、友達と再び会話を始め心なしか、吉継を避ける。今更の態度に慣れたもので、教室を見渡せば石田三成がいた。周りには人が溢れ返っており、正直煩い。だが、よく見れば石田三成は綺麗な顔立ちをしている。切れ目に白い肌。あの噂は本当なのかと疑問に思うも、次の瞬間三成はバンッ!!と机を叩いて立ち上がった。 「貴様ら、何なんだ。話したいのなら廊下で話せ!!私の側で騒ぐなッ!!!」 シンッと、教室が静かになった。三成の通った声が、皆を黙らせ先程まで群れていた奴らは、自分の机に戻って行った。だが、この瞬間から孤立しだした三成を哀れだと。吉継は椅子に座り、小説を読み出した。 関わることもない。たかが人間一人がどうなろうとも、どうでもよい筈だった。何時からだろうか、何があって吉継は三成との距離を縮めたのだろうか。少しずつ変わる季節に、桜は全て散り吉継は微かに眉を寄せる。 「…刑部」 廊下で響く声が反響し、ゆっくりと吉継は振り返る。すぐそばに立つ三成はノートを持っている。わざわざ渡しに来たのだろう。吉継は黙って手を出し、ノートを受け取ろとする。 「貴様は足が悪いのだろう?ノートは私が持つ」 ギュッとノートを抱くようにして、大切に扱う三成に目を見開く。自分がどんなに言おうが頑として聞かぬだろう。前に一度ノートを取り上げようとしたが、決して手放すことはなかった。それどころか触れてこようと手を伸ばしてきた時は、思わず叩いてしまった。あんな出来事があったせいで今こうして傍に居る。誠不可思議なもので、親しくなる要素など持たぬ筈だが。 「いつもすまぬな」 頭を下げる吉継に、当たり前だとツンとした態度で三成は共に教室へ行く。 「さぁ、食べよ」 時間は昼時。ワイワイ騒ぐ教室内は、何時もの倍は騒がしい。その中で吉継は箸に卵焼きを挟ませ、三成の口元まで運ぶ。しかし、食べようとしない三成は顔を背ける。何がなんでも食べようとしないのは、如何なものかと苦笑する。当たり前かと、吉継思い直し鞄から新たに弁当を出す。 「何だそれは?」 「弁当だが」 「私が言いたいのは何故貴様が弁当を二つ持って来ている」 嗚呼。今更な反応にニタニタと嗤う。 「主は飯を食べないのでな。買ってやったのよ」 安心して食べやれと言えば、何か言いたそうにしていたが三成は黙って吉継が買った弁当を食べた。石田三成は案外、いい人間ではないかと思った。 季節は移り変わって夏。 ジワジワとした暑さに体調を崩した吉継は、いつも保健室のベッドで横になっていた。包帯が蒸れてあまりの暑さに、教室で倒れてしまった。目が覚めた時はすでに夕方になっている事に少々……いや、かなり驚いた。誰か起こしてくれてもよかったのではと思ったが、室内は誰もいない。どうやら先生は出張で外出中。これからどうするかと考えながら、重い躯を動かそうとした時だった。 「刑部、大丈夫か!?」 バンッ!!と音をたてて入ってきたのは、三成だった。走ってきたらしく、珍しく汗をかいている。相も変わらず、忙しない男だと思う。 「三成、いつもすまぬ」 「別にいい。それより帰るぞ。貴様の荷物を持って来た」 さぁっ、と三成は手を伸ばして吉継の手を握ろうとした。 吉継はニタリと嫌な笑みを浮かべて、その手を掴む事はなかった。 「主は愚かよ。そんなに病にかかりたいか」 見下すようにして、吉継は言う。一方三成は表情が固まり、吉継を見る。 愉快そうに嗤い出す。 これまで吉継は決して三成に触れる事はなかった。感染の疑いがある病に、誰もが近付く事さえしない。幼い頃からの孤独は、彼の精神を病ませるのには充分であった。それらの経験と人間の醜さに吉継は何時しか、独りで居ることを選んだ。 「主は阿呆よ。噂を聞いておらんだか?我に触れれば病が移り、このように醜い形(ナリ)になる。さぁ、三成これで判ったであろう?さっさと帰りや「知っていた。」」 吉継が言い切る前に三成は塞ぐ。すると手を取って、ギュッと握る。 「何をしやる!?」 突然のことに手を離そうと暴れるが、三成はガッシリと掴み決して離さない。 「私は、貴様を一目見た時から触れたかった。噂も入学と同時に聞いた」 見れば、三成は優しく微笑んでいる。こんなにも汚れた病人を見て。息さえ出来ぬ程美しい。 「主は…馬鹿よ。三成、我はなぁもうじき死ぬのよ。もうこの病は治らぬ。直に学校もやめる」 「……刑部」 「すまぬな。三成よ、主はいい人間であった。主ならばこの先我が居なくとも、上手くやっていける」 「私は、」 フワリ。優しく包まれる温もりに吉継は唇が震えた。背中まで絡まる腕に、ポロポロと涙を流す。当の昔に枯れ果てたと思っていたのだが、まだ無情になれなかった。 「貴様の病に移るくらい、何とも思わん。私の一生は貴様に捧げる。私は、私は─────…」 決意した。 三成は吉継を抱きしめながら思った。彼が死んだら私も死ぬ。これはもう決めたこと。もう決して二人が離れることのない。 完全な幸せの定義であった。 END [戻る] |