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難は幾度も越えて






在り来りだと、吉継は妖しく笑う。
床に散らばる書をちらりと見て、すぐに視線を移す。大切に扱ってきた書が破れ、ただの紙切れと成り果てた。
しかしそこが問題ではない。石田三成。苛烈で無欲な男であると、小姓や兵達に囁かれている。

「何故だ、刑部。」

鋭い眼がいつも以上に吊り上がり、こちらを睨みつける。ぎゅっと拳を強く握り、ぎりぎりと嫌な音をたてて歯ぎしりをする。
心ばかりが加速する三成に、吉継は落ち着いた心情で冷たく吐き捨てる。
「我は主に子を作って欲しいと、申しただけよ。」


時は遡る事、ほんの一刻前。
いつものように三成は吉継の部屋に訪れ、何をするでもなくただ居るだけであった。重々しい空気にやられたのか、思わず吉継は口にしてしまった。

『主の子を見てみたい。』

特に意味は無かった。といえば嘘になるが、前々から思っていた事がそのまま言葉として出てしまった。

「…刑部、何が言いたい。」

少し怒りを含んだような口調に、気にする事なく続ける。

「何、我が世に居るうちに主の子が見てみたい。そう思っただけよ。」
ヒヒッと笑う吉継は書を読みながら、可愛かろうなと呟く。それを聞いた三成は目を見開き、直ぐさま吉継に詰め寄った。

「何故だッ!!私は貴様以外と契りを結ぶなど。くだらぬ虚言を…!!」
怒りを露わに細い肩を掴み、引き寄せる。予想外な反応に言葉を失った。

三成という男は変わった者、欲のない者だと思っていたが、欲のこもった目が全てを物語っている。幼少期からの友であり、戦友である三成に信じられぬと俯いて言う。
今まで知ることの無かった友からの痛いほどの情に、目眩がする。
これは夢だと思い込みたかったが、感触があり心の臓が早鐘を打っている。夢ではない。わかりきっていること。


「やめよ。我のような醜悪な男など」

「私は昔から決めていたこと。貴様以外何もいらん」

一度思ったら真っ直ぐ向ける思いに、吉継は嘲笑う。

「主はこれから太閤の残した教えを残さなければならぬ。ならば妻をとり、子を身篭り、良い後継ぎを…」

「黙れ!!」

言葉を塞ぎ、三成は息を荒げる。表情は殺さんばかりに怒り狂う。八つ当たりするかのように棚に収納している書を投げ捨て、破り捨てた。


その様を静観し、ひっそりと溜息を吐く。

「三成、我の命など何時まで持つか解らぬ。残り少ない命。我とて望むものはある」

「…だが、私はッ!!貴様以外欲しくない。何故私の気持ちが解らぬ!!」


怒鳴り声が屋敷中に響き渡る。今更煩いとは思わないが、吉継は何故か悲しくなった。

何故だ、何故だ、と問うばかりの三成にこちらが聞きたい。
主は幸福であらねばならぬ。傷付き、絶望の底にたたき付けられ、充分苦しんだというのに。
我を欲しがるなど、信じ難いもの。
 意味嫌われてきた吉継にとって、三成の好意は嫌ではない。むしろ喜ばしいことであった。


だが、それが恋情であれば別である。

「主の気持ちは有り難い。しかし、我は病んだ身。主を残して逝くのは、我は辛い」

「…刑部。私は貴様と共にあり、生涯共に生きたい。いい加減私を受け入れろ」


何を言っても話が通じない三成に、吉継はまた溜息を吐く。

(やれ、致し方ないことだが……。)


「あい、三成。分かった、ワカッタ。」

「刑部ッ!!!」

三成の気持ちを尊重しようと、最終的に折れた吉継は優しく笑んだ。それを見た三成は、飛び付くようにして抱きしめる。絶対に離すまいと、つなぎ止めるかのように。


「三成、ちと苦しい。」

ぎゅうぎゅうと、きつく抱きしめられているのが苦しい。少し呼吸がしずらい。

それを見て慌てて離す三成に、愛おしそうに見つめている吉継がいた。








END





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