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宝物庫
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「言い忘れてたんだけど」
 目的地に行く最中、シノは唐突に口を開いた。
二人は不思議そうに彼を見る。
「もう『篠崎』じゃないんだ。僕の名字」
「そうなの?」
 目を丸くする杏榎の横で、ヒサが納得いかないように眉を寄せた。
「お前それって」
 彼の言葉を頷きで返した。
「再婚したんだ」
 さらりと口に出された言葉に引っ掛かりを覚えた二人は、彼の顔をまじまじと見つめた。
「僕、母子家庭だったんだ」
「そんなの聞いてないっ!!」
 彼の淡々とした言動に困惑する杏榎。
ヒサも初耳のようで、目を丸くしている。
「言う事じゃないから…」
 彼はそう言って、寂しそうに目を細めた。
「ゴメン、そうだよね…」
 彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。
一瞬にして重みを増した空気を振り払うようにヒサが言葉を投げる。
「それで? 新姓は」
「あ、肝心なところ言ってなかったね」
 苦笑いしながらシノは服の襟に触れた。
倉(いたくら)だよ」
 新たな苗字を名乗ると、杏榎は困ったように眉を寄せた。
「シノって呼べないね」
 同意するように頷く彼。
シノは柔らかく笑んで、二人に言った。
「このままでいいよ。今更だし」
「そうだよねっ!」
 彼の言葉を聞いた途端、嬉しそうに目を輝かせる彼女。
それに圧されて彼は後ろに仰け反った。
二人のやり取りを傍から見ていたヒサは、杏榎の襟首を掴んで自分の方へ引き戻した。
「何すんのっ!」
 噛み付くように発する声に、彼は兄のような口調で言った。
「シノが困ってんだろ」
 彼の言葉にハッとした杏榎はシノに向き直った。
困ったように微笑んでいる。
「ゴメン…」
「気にしなくていいよ」
 彼はパタパタと手を軽く振った。
「でも、時間の流れって早いね」
「本当だね」
 しみじみと言う二人にヒサは苦笑しながら二つの頭を小突いた。
「年寄りくせぇ」
 小突かれた二人は顔を見合わせ、苦笑した。
「でもさ、小三から数えて…」
 杏榎が指を折りながら年月を数えていると、横から声が聞こえた。
「十年だよ」
 シノの言葉に彼女は手を打ち、後ろを歩いていた彼を振り返った。
「十年だよ。十年っ!」
「確かに長いよね」
 前を歩く二人の会話を、ヒサは苦笑を浮かべながら黙って聞いていた。





 そこは七種類の花が咲き誇る、小高い丘。
子供たちは『虹の丘』と呼んでいた。
昔は子供の遊び場だったのだが、今は閑静な場所に変わっていた。
中央の大木が寂しく聳えている。
「…こんなに静かな場所だった?」
 杏榎は昔の風景と重ね合わせ、呆然と呟いた。
「コレも時間の経過かな」
 傍らのシノが寂しそうな声音で、彼女の言葉に賛同する。
哀愁に浸っている二人を横目に、ヒサは大木に隠れるように立っている影に気がついた。
目を凝らしてみるが、逆光になっていて表情が見えない。

「ねぇ」
 影に気を取られていた彼は、杏榎の声で引き戻された。
彼女に目を向けると、真剣な視線とぶつかった。
「どした?」
 珍しい彼女の真摯な顔付きに、自然と声音が低くなる。



「タイムカプセル埋めたよね」
「は?」
 彼女の突飛な言動に、間の抜けた声が出た。
「どこに…」
 彼が呆れ半分で言葉にしようとした。






途端。


「埋めたよ。この場所に」
 杏榎と違う声が問いに答えた。
落ち着いた、鈴を鳴らしたような通る声音。
三人は弾かれたように声の主を振り返った。

そこには、墨を流したような髪を風に靡かせた少女の姿。
落ち着いた清楚な印象を受ける。
穏やかな笑みを浮かべ、三人を順番に見ていく。
見つめられた三人は呆然と彼女を凝視している。

「やっぱり…分からないかな」
 困ったように眉を寄せる彼女に、シノは声を掛けた。
「もしかして、カリナ?」
 彼の言葉に彼女はコクリと一度頷いた。

「「え…」」
 ヒサと杏榎は顔を見合わせ唖然とした言葉を零した。



「えええええええええええっ!!」
 響く杏榎の絶叫。
ヒサは耳を塞ぎ、シノは目を丸くし、カリナと呼ばれた少女は愉快そうに目を細めた。
「うるせぇ」
 ヒサは叫んだ本人の頭を小突いた。
「だってっ! カリナって」
 杏榎は彼女に目を向けた。
彼女の知っているカリナという人物は、率先してリーダーシップを取る活発な少女。
気弱なシノを彼女と二人で、からかっていた事を憶えている。
「あの、『甸南 芙遊(かりな ふゆ)』だよ。杏(きょう)ちゃん」
 嬉しそうにカリナは自分の名前を口にした。
懐かしい呼び名に彼女は微かに反応を示した。
「本当に芙遊ちゃん?」
 疑惑の目を向ける彼女にカリナは自信に満ちた笑みで、コクリと頷いた。
「そうなんだ…」
 彼女の変貌振りに杏榎はまじまじと彼女の姿を見ている。

二人を横目に、彼はシノに耳打ちした。
「よく分かったな」
 始めに彼女の名を口にしたのは彼である。
しかし、彼は苦笑いを浮かべながら言った。
「五人の中で女の子は二人だけだから…」
「人違いだったら、どうするつもりだったんだよ」
 すると、シノは考える仕草をして、襟に軽く触れた。
「声かけてきたんだから、知り合い以外は有り得ないよ」
「お前、頭良いな」
 彼の推測能力に感嘆の声を漏らした。
シノは次の言葉を紡いだ。
「手紙を書いたのは、カリナだよね?」
 三人に届く声量で問いかけた。
ピタリと動きを止めた杏榎がキョトンとした表情をした。
「賢くなったね。シノちゃん」
 カリナは悪戯っぽい笑みを浮かべ、彼に言葉を投げた。
「その呼び方、止めてよ」
 呼ばれた彼は不機嫌そうに眉を顰めた。
「シノちゃんだって」
 杏榎が賛同するように彼女を煽った。
「その辺にしとけって」
 間を割って入ったのはヒサ。
カリナが目を細めながら、彼に言った。
「役割は昔から変わってないみたいね」
「まぁな」
 彼女の皮肉を平然と流す。
「ヒサには効かないよね。昔から」
「あいつ等と一緒にすんな」
 彼は言いながら、未だにシノを弄っている彼女の襟首を掴んだ。
「お前は、いつまでやってんだ」
「今、面白いところだったのに…」
 名残惜しそうにシノを見つめる。
彼は笑みを浮かべたまま言った。

「猫みたいだよ」
「ひどっ!」
 猫掴みの状態で、ショックを受けたように肩を落とした。

その時、唐突にカリナが手を二回叩いた。
「それじゃ、掘り出しに行こっか」
 三人は同時に苦笑いを浮かべた。
彼らの反応に、彼女は呆れた嘆息を零した。
「忘れてたのね…」
 三人は各々の笑い声を零し、その場を誤魔化した。



 地図の残りはカリナが持っていた。
埋めた場所を特定し、彼女が準備したスコップで掘り出した。

 掘った穴から出てきたのは、四角い金属の箱。
封筒が丁度入る大きさだ。
四人は顔を見合わせ、一呼吸置いて箱を開いた。
そこには白い封筒。
歳月を物語るように少し色褪せていた。
それぞれに手渡された、本人宛の手紙。
「汚い字だな」
 彼の手紙を覗き込むと、文字が躍っていた。
辛うじて『未来の自分へ』と書いてあるのが、認識できた。
「私の全部ひらがな」
 杏榎は苦笑しながら、三人に見せた。
「杏ちゃんは漢字苦手だったものね」
 カリナが昔を思い出すように、目を細めた。
そして、箱の中には一枚だけ封筒が残された。
それを見ながら、杏榎は彼女に問いを投げた。
「そういえばさ…由多は?」
 その言葉を聞いて、カリナは微かに肩を揺らした。
彼女が出した名は、カリナの幼なじみである『幌崎 由多(ほろざき ゆた)』という人物。
十年前、タイムカプセルを埋めようと言い出した張本人である。
本人がいないことに彼女は不安に思ったのだ。
「一番、楽しみにしてたからね」
 シノが彼女の不安を汲み取り、口を開いた。
ヒサも同意するように一度だけ頷く。
「ねえ…」
 カリナは三人に目を向け、真剣な声音で言った。
「まだ、時間大丈夫?」
 いつになく、真剣な彼女の目に三人は何かを察したように無言で頷いた。

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