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宝物庫
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事の発端は一通の手紙。
大学が夏休みに入り、残りの一月を堪能している最中に『それ』は届いた。

怪訝そうに眺めていた少女──諸槻 杏榎(もろつき きょうか)は疑問符を飛ばしていた。

一通の手紙。
整った文字で几帳面に書き込まれた自分の住所と名前。
しかし、肝心の差出人の名は一切記されていなかった。

「誰だろう?」
 封の開いていない、封筒をヒラヒラと振る。
「…開けてみるか」
 困ったように溜め息を吐くと、ペーパーナイフを取りに行った。



 中身は一枚の紙。
掌に乗る程度のペラペラの紙切れ。
紙には黒いボールペンで幾つもの線が描かれていた。
「なんだろう…?」
 目を凝らして、マジマジと見つめる。
すると、何かに気が付いたように本棚へと歩いていった。
本の背を指でなぞりながら、目当ての物を探していく。

「あった」
 彼女は小さく呟き、それを抜き取るとパラパラと慣れた手つきでページを捲っていく。
そして、あるページで手を止めると、再び手紙の置いてある場所に戻ってくると、紙切れを手に取った。

「やっぱり…」
 ポツリと呟き、照らし合わせるように紙をページの上に置いた。
彼女が取り出してきたのは、この町周辺が細かく掲載されている地図冊子。

その一部と彼女に送られてきた紙切れが一致している。
杏榎は思案げに腕を組んだ。
地図と紙切れを交互に見やると、訝しげに紙切れを睨む。
紙の二箇所の隅が破ったようにギザギザと波打っている。
それを確かめるように、表面を辿る彼女の指。
「地図の一部…ってこと?」
 彼女の予測が本当ならば、この紙に繋がる他の欠片が最低で二枚あることになる。
「探してみるか…」
 言葉を合図に立ち上がり、紙切れを封筒に戻して鞄のポケットに入れる。
携帯電話を一度開き、ジーンズのポケットにしまった。


杏榎が外に出たと同時に、ポケットが震えた。
正確には中に入っている携帯電話。
彼女はそれを取り出し、ディスプレイに表示された名前を確認した。


『守乃 永(もりの ひさし)』


 見慣れた名前に安堵の息を漏らす。
彼は小学生の頃からの付き合いで大学に入った今でも、連絡を取り合っている仲だ。

 しかし、このタイミングでかかってくるのは、些か疑問が残る。
震え続けている携帯を訝しげに見つめ、通話ボタンを押したのだった。
「もしもし、ヒサ?」
 呑気に彼を呼ぶ。
耳に当てると、低く苛立った声が籠もって聞こえてきた。
『一回で出ろよ』
「今それ所じゃないんだよね」
 彼の言葉を軽く返しながら、鞄から白い封筒を取り出す。
『お前な…』
 電話の向こうで眉を寄せている姿が目に浮かぶ。
彼女は苦笑して、紙切れを取り出す。
『手紙届かなかった?』
「え」
 彼の突拍子の無い言葉に持っていた紙を手放すところだった。
「い、今なんて言った?」
 驚きのあまり、どもってしまった。
しかし、今は気にしている場合ではない。
『手紙だよ。て・が・み』
 一言一句をハッキリと発音し、念を押すように彼は言った。
「白い封筒だよね」
『地図入ってたよな』
 お互いの意図を汲み取り会話を進めていく。

『今どこにいる』
「家の前」

『………』
「………」
 お互い黙り込む。


 そして…。

「いつもの所で待ち合わせしない?」
『…賛成』
 直接会って話すことにした様子。
双方が納得したようで、杏榎は見えない相手に一度だけ頷くと、通話を切った。
手にしていた紙を見つめていたが、待ち合わせの場所へと足を向けた。




そこは彼女の家の近辺にある小さな公園。
子供の姿が疎らで、遊具も滑り台とブランコしか見当たらない。
そんな質素な場所で、ブランコに一人寂しげに腰掛けている青年。
杏榎はブランコの背後に忍び足で近づいていく。
彼の背中に手を伸ばす…。









寸前。



「何やってんの」
 彼が低く言った。
杏榎はギクリと手を引っ込めかけた。




が。


「何で気づくんだよっ!」
 目前の広い背中を力の限りに叩いた。
バシンと大きな音が聞こえた。
「いってぇ! 逆ギレかよっ!!」
「うっさい!」
 お互いの意見で声を張り上げる二人。
振り返った彼は、不愉快そうに眉を寄せている。
「お前…」
 青筋が浮かびそうなほどの低い声音に、杏榎は目を泳がせながら手紙を見せた。
「こ、コレの話でしょ?」
「実行犯が…何偉そうなこと言ってんだ」
 しかし、事実を言われた彼は嘆息を零し、ズボンの後ろポケットから彼女の物と同じ『それ』を取り出した。
そこには、彼の住所と名前。
「同じ字体だね」
「そうだな…」
 彼女の言葉を返しながら、中から紙を取り出した。
「私と違う」
 彼女は小さく零し、彼の紙切れを受け取り、破れた部分にくっつけた。






──…が。




「…? 合わない…?」
 破れていた二箇所に合わせてみるが、どちらも当てはまらない様子。
「ふぅん」
 軽い返事で、彼は杏榎から二枚の紙を受け取る。
しばし交互に紙を見ていたが、紙を合わせ始めた。
彼の手元を覗き込む。




「合うじゃん」
 先刻とは真逆の言葉を返され、彼女は頬を染めた。
「だ、だって合わなかったよ…」
「上下が逆さだったんだ」
 ほら、と彼女の前で一枚になった紙を見せる。
確かに、途切れていた彼女の地図に繋がっている。
「……」
「だろ?」
 不満そうに眉を寄せている杏榎を、覗き込む彼。
勝ち誇ったような笑みが彼女の神経を逆撫でする。
「…ってことは、後『三人』か」
「え、増えてない?」
 彼の唐突の呟きに透かさず反論する。
すると、彼は苦笑しながら自分に送られてきた紙を指し示す。
「俺が破られてる部分は二箇所」
「私が…一箇所か…」
 彼の意図を汲み取り、彼女が続ける。
「お前のが右隅か」
「うん」
 彼女の欠片は右隅に位置し、彼の物はその隣に連なった。
「とりあえず…」
 彼は切れ端の地図に記された道を指で辿った。
「行ける所まで…」
「行こっか」
 二人は顔を見合わせて頷いた。


 人が行き交う大通りを歩いていく。
地図の道を辿りながら、辺りをキョロキョロと見回す。
この道は小学校に続いているが、地図の方向は反対を示している。
「こんなに道狭かった?」
 道幅に違和感を覚えた杏榎は、道の隅から隅までを歩いていく。
「俺らが大きくなったんだろ」
 ヒサは呆れたように嘆息を零した。
「そっか…こっちには来ないもんね」
「卒業式以来だな」
 二人は懐かしむように空を仰いだ。
すると、彼女は思いついたように言った。
「ね、小学校行かない?」
「賛成」
 同じことを考えていたのだろう。
微笑みながら頷いた。


校門の前は閑散としていて、今日が休日だということを知らせていた。
門は閉ざされており、その先には入れないようだ。
「昔は開けっ放しだったのに…」
 閉じた門に触れながら、落胆したように零した。
「危ないんだろうな」
「時代の流れってヤツですか?」
 杏榎がおどけたように肩を竦めた。
「そういうこと」
 彼の言葉に残念そうに眉根を下げた。
流れる時には逆らえない。
門の両側に植えられた銀杏が儚げに揺れた。

その時、二人とは別の足音が近づいてきた。
音に気づき、杏榎が目を向ける。
そこには落ち着いた雰囲気を持った青年が立っていた。、
近くの人間なのだろう。
慣れた足取りで、二人の脇をすり抜けていった。




──瞬間。


杏榎は何かに気が付き、反射で青年の腕を掴んだ。
「!」
 掴まれた本人は驚きを隠せずに、彼女を凝視した。
「お前、何してるんだよ」
 彼女の行動を予測していなかった彼が、掴んでいた手を外した。
杏榎は数瞬の間、呆然としていたがポツリと呟いた。
「……地図…」
「は?」
 小さな呟きに彼は青年を見た。
「え……」
 青年は居心地が悪いといった風に、身じろぎした。
その手には白い小さな紙切れ。
二人が持っている物と同じ大きさだ。
「白い手紙、送られてきませんでしたか?」
 身を乗り出すように青年に詰め寄る。
「え、どうしてそれを?」
 彼女の問いかけに困惑しながら問いで返す。
 二人が問いに答えるように白い封筒を見せた。
「……」
 二人が手にしている物を凝視している。
そして、考えるように腕を組んだ。
その際、服の襟に軽く触れる仕草をした。
それを見た彼女は、ある記憶を手繰り寄せた。


同じ仕草をする人間を、自分は知っている。
それは、小学生の頃の…。

思案している青年を見つめたまま、杏榎は零すように呟いた。

「……シノ」
 その言葉にヒサは彼女を振り返った。
「お前、何言って──」
「もしかして…諸槻?」
 彼の呆れた口調を遮るように青年が声を発した。
二人が顔を見合わせる。
「え…誰」
 ヒサが彼女に目を向ける。
彼の視線に勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「しのだよ。『篠崎 湊(しのざき みなと)』、憶えてるでしょ?」
 彼女が出した名前に、彼は手を叩いた。

気弱な性格の少年。

青年も照れくさそうに頷いた。
「そっかお前、『シノ』かっ!」
「さっきから言ってるでしょっ!!」
 杏榎は声を張り上げ、頬を膨らませた。
二人のやり取りを懐かしそうに見ていたシノは二人に声をかけた。
「二人とも、変わってないね」
 彼の言葉に二人は首を傾げる。
「そうかな?」
「お前は変わったよな」
 気弱な性格をしていた少年は、落ち着いた青年になっていた。
黒かった髪は色素が抜け、茶色になっている。
「染めたの?」
 杏榎は彼の髪を触りながら問いかける。
「染めてないよ」
「自然に抜けたの?」
 彼の素直な返事に目を丸くした。
「身長は変わって無ぇよな」
 ヒサは彼の隣に立つと、頭二つ分小さい頭を叩いた。
「いたたっ…伸びないんだよ」
「一番大きかったのにね」
 彼を茶化すように杏榎もヒサの反対側に肩を並べた。
「成長期が過ぎちゃったんだよ」
「私は伸びるよっ!」
 爪先立ちになり、自分の頭に手を置く彼女。
その姿は子供そのものだ。
彼女の行動に苦笑しながら、シノは問いかける。
「諸槻は大きくなるの?」
「当然っ!!」
 地面にしっかりと足をつけて彼に満面の笑みでピースをした。

「ムリムリ」
 間を割って入るように、ヒサが彼女の頭に肘を乗せた。
「ちょっとっ!」
 彼女の怒鳴り声を右から左へ受け流す。
「二年ぐらい背ぇ伸びてないらしいから」
「言うなあああぁぁぁっ!!」
 必死にもがく彼女のパンチを易々と避ける彼。
シノは二人の光景にポツリと小さく零した。
「懐かしいね」
 彼の言葉で二人はピタリと動きを止め、顔を見合わせた。
そして、同時に笑い声を響かせたのだった。
二人の突然の反応に、ビクリと肩を跳ねるシノ。
「な、何」
「親父くさっ!」
 杏榎は笑いの合間に声量をそのままに叫んだ。
言われた当人の彼は顔を真っ赤にして眉を吊り上げた。
「誰が親父だっ!!」
 二人の笑い声に負けない声量で言葉を放つ。
ムキになる様が尚更可笑しくて、腹を抱えて笑った。
「もう…」
 呆れたように嘆息を吐くが、無意識に自分も笑っていたことに気がついた。
三人は意味も無く笑い合っていた。





 笑い声が止んだ頃、三人は肩で息をしていた。
「やべぇ、腹痛ぇ…」
 息を整えながら、苦笑いを浮かべるヒサ。
「腹筋割れそう…」
 大きく深呼吸をしながら、冗談めかして言う杏榎。
「割れたら大変だよ」
 既に息の整っているシノが的確な突っ込みを入れる。
三人は顔を見合わせ、苦笑をした。

二人の呼吸が落ち着いてきた時、シノは話題を切り出した。
「二人とも地図持ってるんだよね?」
 彼の言葉に二人は一つ頷き、二枚の紙を手渡した。
それを受け取り、自分の物と見比べる。
「やっぱり…」
 彼の零した言葉に杏榎は身を乗り出して、彼の視線の先を見つめた。
「何?」
 疑問が口をついて出た彼女に、軽く頷くと紙に指を差した。
「この紙、全部で五枚に分かれてるんじゃないかな」
「五枚?」
 彼女が疑問符を飛ばし、ヒサは考えるように腕を組んだ。
「小三の『メンバー』ってことか」
 彼も予測していたのだろう、意味深な言葉を放つ。
自分だけが置いていかれている感覚に戸惑いながら、彼女はおずおずと唇を動かした。
「小三のメンバーって…卒業まで仲良かった…」
「そうそう」
 ヒサに目を向けると、同意の意味で頷かれた。
すると、シノが器用に三枚を片手で並べて持ち、空いた方の指で地図を指し示す。
彼の持っていた地図は左の隅だった様子。
「目的地は基本、中心に位置させるよね」
 そう言いながら、地図の少し下にある何も無い空間に丸を描いた。
二人の視線は指を追いかける。
そして、指はヒサの持っていた地図のある部分を指し示した。
「ねぇ、この道の先…何があったか憶えてる?」
 指が示しているのは小学生の頃、頻繁に通った道のり。

記憶の引き出しが開けられていく。

答えに行き着いた瞬間、ヒサと声が重なった。



「「虹の丘」」

 それを聞いたシノは満足そうに頷き、三人は目的地に向かうため歩き出した。

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