5.意識しちゃって下さい(甘)
寒い、季節となった。
木々を彩っていた紅葉やイチョウは、いつのまにか姿を消して。
寂しげな枝と冷たいアスファルトだけが、冬の陽だまりに映ってる。
…ああ、もうすぐ今年も終わってしまう。
私はそんな事を思い浮かべながら、てくてくと歩いていたのだけど…。
「──突然ですが」
と、隣を歩く銀時。
文字通り、何の前触れもなく突然そう呟いた。
私の耳は、自然と続く言葉を待つ。
「何だか最近よォ、日に日に寒くなってねェ?」
「……。そりゃそうでしょ。もう十二月も半ばだし」
今さら何を言い出すのかと思えば。
白い息を零し、私は肩をすくめてみせた。
「それにしても、一年が経つのも早いね。師走かぁ。今年も残り半月切っちゃってるし、そろそろ大掃除の準備しなくちゃ」
「いや、それ飛びすぎだから。そんなに飛距離いらないから。立ち幅跳びぐらいで十分だから」
大晦日よりも前に大事な事があるだろう、と。
銀時は思わせぶりな視線を投げかけてくる。
「赤い服着た小太りなオッサンが、ベン引っ張ってくるだろーが」
「……? あ、そっか。クリスマスか」
私がポンと手を叩いて見せれば、銀時はようやく口元を緩ませた。
「つー訳で。 …今年は、どうすンだ?」
「何がよ?」
「ほら、色々あるだろーが。ターミナルのイルミネーション見に行くとか、奮発して飯食いに行くとかよ」
「…この季節。寒いからあんまり外に出たくなかったんじゃなかったっけ?」
「クリスマスだけは特別だろ。世間的にもよォ」
まるで言葉を布で包んだような口調っぷり。
意図が分からず、私が首を傾げていると…ふと。
銀時の手が、私の手へと重なった。
「──たまには、恋人らしい事をしてもいいんじゃねーの?」
穏やか声色に、指先から伝わる温もり。
…手を繋いで歩く事。
それだけでも珍しい事なのに、こんな目に見えた優しさ…
「銀っ。も、もしかして、寒さで頭が──」
「凍ってねーからっ! おまっ、人が折角デート誘ってやってンのに、何ぶち壊してンだよっ」
ぎゅう、と手を強く握られしまった。
「ちょ、銀時さん痛いですっ」
「痛いのは俺の心だ、コノヤロー」
言いながら、銀時は更にぐいぐい力を込める。
視線を投げれば、ふいと不機嫌そうに明後日の方角を向く横顔。
私は思わず、笑みを零してしまった。
「ふふ、ごめんっ。突然の事でビックリしちゃって」
「それがビックリした顔かっつーの。目が笑いまくりじゃねーか」
「そ、それはっ。嬉しかったかったから、つい…」
自然と、語尾が小さくなる私。
こういう気持ちは、いざ口にすると恥ずかしさが増してしまって。
銀時は銀時で、何とも言えない吐息を零す。
「オメーはよォ…いっつもそうやって言葉を濁すのな」
「仕方ないじゃない。慣れないというか、しっくりこないというか」
「ンな様子じゃ、“好きだ”の三文字が聞けるのも年越しだな」
「……っ、それはいつも……」
想ってる、と。
耳に届くか届かないか。そんな小さな声で呟いた私。
高鳴る胸、伏せた目を思い切って向けてみれば。
「もう一回、言ってみ?」
ニタッと意地悪そうな笑みを浮かべる銀時。
私はムッと頬を膨らますと同時、力一杯手を握り返してやった。
「ちょ!? 痛ェからっ、千切れるぐれェに痛ェからっ!」
「痛いのは銀時の頭でしょっ!」
「おまっ! そこは心が痛いとか、少しぐれェしおらしさ見せてもいいだろーがよっ」
「お陰様でねっ。私の心は打たれ強くなりました!」
ぎりぎり、ぎりぎりと。
傍から見れば不思議な光景なんだろうけど、当の本人達は真剣そのもの。
繋がれた手。お互いに力を出し切ったのか、五分としない内に離れ離れとなって。
私はあがった息を肩で軽く整える。
「あーもうっ。これ、暖冬どころじゃないよ。熱いっ」
「…ったく。照れ隠しも命がけだな」
「て、照れてな──っ」
言いかけて、思わず口を閉じてしまった私。
よくよく思い返せば、そうだった。
私の照れ隠しが事の原因…だった。
「えっと…銀時さん。オブラード買ってきて」
「そりゃ味気のねェクリスマスプレゼントだな」
「じゃあ、何だったらいいのよ?」
首を傾げて訪ねてみれば。
相変わらず…悪戯な笑みが宿る、その口元。
──楽しみに待ってろ、夕霧。
囁いた言葉は挑発的なクセに。
私の肩を引き寄せたその腕は、今度こそ優しさで一杯だった。
十二月の二十四日に、二十五日。
今年は、いいクリスマスになりそうだ。
──了──
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