4.Another/銀時-初雪-(シリアス)
──生まれた場所。
僅かにだが、霞みがかった記憶の中に残ってる。
ひらひらと白い雪が舞い散る、田園畑だった。
土と、枯れ草、薄化粧。
雄大な空に、周りにゃ連なる高い山々。
文字通り断片しか思い出せねェが、どこかの山奥なんだろう。
荒涼とした静かな、静かな農村だった。
それ以外は、何も覚えてねェ。
物心着いた頃にゃ、戦の傷跡しか広がっちゃいなかった。
薄い着物に、古びたワラジ。
厳しい寒さで手も相当かじかんだが、拾った刀だけはずっと手放さなかった。
────
──
…冬になると、たまにあの頃を思い出す。
一面雪景色の広がった、あの白さを思い出す。
今となっちゃ場所さえも思い出せねェ、故郷というモノ。
親の顔も覚えてねーし、仕方ねェと言やァ仕方ねェ。
歳を重ねる毎に消えていくのも、仕方ねェ。
……仕方ねェ、と。
頭ン中、そう言い聞かす自分がいる。
便利な言葉もあるモンだ。
割り切るにゃ、丁度良い──
「──銀…、銀時っ! ちょ、待ってよ」
不意に後方、思いがけない声を聞いてしまった。
幻聴かと一瞬疑ってしまった程だ。
だが、振り返れば…声の主、夕霧の姿がちゃんとそこにはあって。
「おまっ、何してんの? つーか、何でこんな所に居るンだよ」
「後を追いかけてきたのっ。そして暗いっ! 心細さも限界だからっ!!」
寒いやら、道が悪いやら、静かで怖すぎるやらと息着く暇もなく。
零れそうな涙を必死に留めて、俺は何故か怒られまくった。
さながら弾丸ライナーの如く、次々と飛び交う文句達。
そのあまりの勢いに、驚きを通り越して…
「……ったく」
俺の口からは、自然とため息が零れてた。
いや…、苦笑の方が正しいのか。
先程まであんなにも頭ン中煩かった言葉達が、一変した。
夕霧が何で俺の後を着いてきたのかも、怒られてる理由も、今はそれ程気にならなかった。
目の前にゃ、ようやく落ち着いたのか一息つく夕霧の表情。
あんなに怒ってたのに、今更ンな目で俺を見んなよ。
──俺を見て安心しきったような顔、してンじゃねーよ。
「オメーなァ、こんな時間に一人で出歩くなっつっただろーが」
「いや、それ大分と昔の話でしょ? もう子供扱いしないでよ。私だって大の大人です」
「意味が違ェよっ。何歳だろーが女だっつってんの」
それはそうだけど、と言葉を濁す夕霧。
刀を持ってるやら、真選組だしやらの小言も聞こえてるっつーの。
…ったく、こいつは…。だから意味違うっつってンだろ。
何回言っても、俺の言う事なんざ聞きやしねェ。
つーか、微妙に意思疎通が出来てねーし。
そもそも、こいつに刀持たせた奴ァ誰だよ?
是非とも常識ってヤツを先に持たせてやって欲しかった。
胸底でどーしようもない愚痴を吐きながら、俺は深く肩を落とした。
「アホか。刀なんざ、こんな寒さじゃ満足に握れねェだろ」
「ふふっ、凍死する程じゃないし。大丈夫大丈夫」
嘘つけよ。身体震えてンじゃねーか、コノヤロー。
笑顔で誤魔化せる訳ねーだろ。
無理して寒ィの隠してンじゃねェよ。
……、そういやァ……さっきから、ずっと。
「夕霧」
名を呼び、手招きして。
俺ァ、自分が付けてたマフラーと手袋を貸してやった。
手渡された夕霧といやァ、何故か戸惑いの表情を浮かべて。
「いやいや、流石に悪いよ。寒いのだってお互い様じゃない」
私はまだ大丈夫だからと、遠慮がちに首を振る。
“まだ”の意味が分かンねーよ。
「オメーなぁ。つべこべ言わず、人の好意ぐれェ素直に受け取れよ」
「でも、銀時だってさ…」
でも。だって。
ホントにコイツは、俺の話なんざ聞きやしねェ。
俺ァ夕霧の手に納まってたマフラーを再度持つと、その寒そうな首元に巻いてやった。
「ああっ、ちょ!? だから駄目だって」
「何が駄目なんだよ。俺ァ夕霧が風邪引かねーか心配してンの。心配すンのも駄目なのか?」
「えぇー…っと。それは、その…」
「それにオメーがここに居る理由。どうせ心配して着いて来たんだろ? それこそ、お互い様じゃねーか」
反論する暇さえやらねェと言わんばかりに、たたみ掛ける俺。
あれこれ考えて固まったままの夕霧に、今度は手袋をつけてやって。
「ほら、これで少しは寒くねェだろ? 俺ァ着込んでるから、そこら辺も気にすんな」
夕霧はきょとんとした表情を浮かべたが、それも束の間の事。
ようやく、巻いてやったマフラーに顔を埋めて。
「…銀、ありがと」
やっぱり暖かいと、罰が悪そうに笑ってた。
柔らかな笑みと、穏やかな声。
回りくどい言葉なんざ、必要なかった。
そんな夕霧の表情を見る度に思う。
──ただ、惚れてると思い知らされる。
「…で、どうすンだ? 夕霧も最後まで着いてくんの?」
「勿論。帰れって言われても帰らないからねっ」
この坂道。
上りきった場所にゃ、閑散と開けた展望台がある。
切り崩して、切り崩して、山を開いたような場所。
そこから眺める事が出来る…江戸の景色。
心のどこかで探してた、故郷というモノ。
こんな栄えきった都心の中で、雪なんざも降っちゃいねェのに。
見つかる訳なんざねェのに、似たような景色を探してる。
(──銀…、銀時っ! ちょ、待ってよ)
まるで油ン中に落ちた、一滴の雫の如く。
こればっかりは、言葉じゃ推し量れねェ。
掠れた記憶。遠い日々。
──夕霧と一緒に探すのも、悪かねェ。
今日がその日じゃ無くてもいい。
いつの日か、また。
記憶に残るあの白さを、俺の隣で見てくれるだろうか。
──了──
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