2.お昼寝(甘)
──玄関が開いた音で、一瞬目が覚めそうになった。
まぁ、実際の所は意識だけが覚めただけ、と言った方が正しいのだろう。
私の身体は起きる事どころか、全く動こうともしなかった。
今日は何故だか、こうやって横になってるのがとても心地良よくて。
穏やかな眠気に誘われるがまま、私は小さく寝返りを打ち、再び枕へと頭を預けた。
……。
…って、あれ?
そういえば、頬から伝わってくる感触がいつも使ってる枕と違う気がする。
若干生暖かい上に、着物の布的な…そんな感触。
いや、枕だけじゃない。
今、私が寝ているこの場所も、布団の上じゃない気がする。
どちらかと言えばソファー的な硬さというか何というか…って。いやいやいや、そんな事よりも。
…医務室に、カラカラと鳴る玄関?
「志村新八、只今戻りました……って、あれ。夕霧さん来てたんですか?」
「──ん…ァ? ああ、オメーと入れ違いにな」
「あっ、スイマセン。銀さんも寝てたんですか」
未だ遠く暗い意識の中で聞こえてきたのは、意外にも新八君と銀時の声。
私はおぼろげながらも内心驚いたのだが、ふと思い出す。
…そういえば、万事屋に遊びに来てた様な気がする。
──って!?
ちょ、それなら寝てる場合じゃ無いじゃないっ。
私は急いで起きようと思った…が、すぐに止めてしまった。
新八君の声は普通に聞こえてきたけど、銀時の眠たそうな声。
何故か、私の真上から聞こたような気が…
「いや、寝る寸前。 …ったく、こりゃなんつー拷問ですか、コノヤロー。暇潰そうにも、これじゃ動くに動けねェし。つー訳で…ぱっつあん」
「はいはい。リモコンですね」
静かだった部屋に、軽い音楽と一緒にお天気お姉さんの声も増えたけど。
やっぱり…そうだ。
銀時の声だけが、すぐ真上から聞こえる。それもかなり間近から。
……。
…若干、嫌な焦りを覚えてしまった私。
じゃあ…さっきから私の肩に感じる、このちょっとした重み。
もしかして銀時の手だったりして? ははっ、そんなまさか、と。
頭の中でそんな自問自答をしてた、丁度その時。
「コイツが来た時ァ、普通に目ェ冴えてたんだけどな…。ま、俺もテキトーに二度寝するわ」
その肩にあった重さが、ポンポンと軽く浮き沈みしてきた。
……、いやいやいやマジでか。
とゆー事は、この枕はもしかしなくても!!?
「でもアレですよ。座ったまま寝ちゃうと肩凝りません?」
「…ってもよォ。無理に起こすっつーのも…」
「ははっ、ですね。夕霧さん、ホント気持良さそうに寝てますもんね──膝の上で」
ちょ、こっち全然笑えないんですけどっ!!?
新八君の楽しそうな声に、思いっきり心の中で突っ込む私。
いつの間にか寝てしまった罪悪感なんて、一気に吹き飛んでしまった。
…あああっ、これやっぱ膝枕だったんだっ!!?
それに気付いたが最後。
頬から伝わる暖かさに、私の心拍数がどんどん上がってくる。
…ど、どんな顔して起きればいいのか分からないっ。
「それじゃあ僕、これで帰りますんで。寝るなら寝るで、テレビちゃんと消して下さいね」
「分ァーってるって。お疲れサン」
銀時のダルそうな声と共に、遠のいていく一つの足音。
…待ってェェェ! 新八君っ、ちょ、ストップっ!!
声にならない願いも虚しく、再び玄関の開閉音が聞こえてきた。
……、完璧に起きるタイミングを見失ってしまった私。
そ、そうだっ! 新八君がいないのなら、定春と神楽ちゃん…は、最初から気配すらない。
頭の中でため息零すのも珍しいけど、ホントにそんな心境だった。
…よしっ、こうなったら仕方無い。開き直ろう。
銀時眠たそうにしてたし、寝ちゃうまで私も寝たフリして…
「つーかよ、夕霧。オメー…起きてンだろ?」
不意に名前を呼ばれ、ビクッと言わんばかりに私の身体は硬直してしまった。
落ち着けっ、踏ん張れ自分っ!!
今嘘だとバレたら、それこそどんな顔して…。
「テレビの音が煩かった? 悪ィな、起しちまって」
ああっ、ナイス銀時!! それ素敵な理由っ!
「んー…ぁ、えと。お、おはよう…ございマス」
このチャンスを逃したら次は無い的な勢いを押さえつつも。
私は、いかにも寝起きですという感じで瞳を開けて見れば…その正面。
見上げたその先には思っていた通り、銀時の眠たそうな顔があった。
「……ったく、狸寝入りなんざしやがって」
「っ!? か、勘違いじゃ…」
「さっきから顔が赤ェんだよ、コノヤロー」
…最悪だっ、カマ掛けられたっ!
私が騙されたとジト目で訴えてみても、銀時は気にするどころか…
逆に、意地悪そうに笑い返してきた。
「ンだよ、その不満そうな顔は」
人が折角膝貸してやってるのに、と。
軽く、頬を指で弾かれてしまった。
「なっ、何で起こしてくれなかったのよっ?」
「起こしても起きなかったンだよ」
半ば混乱気味に反論してみれば…今度は、頬をムニッと引っ張ってくる銀時。
あああっ、何だか見上げた眉間に皺が寄ってるっ。
「ぐだぐだ言ってねェーで、夕霧も…もう一回寝直せ」
銀時はあくび混じりに瞳を閉じたのだが、頬を掴んでいたその手は、なかなか離れてくれなくて。
離れるどころか…そのまま、私の頭の上へと被さってきた。
「……ちょ、銀?」
「たまには…二度寝っつーのも悪かねェだろ」
私の戸惑う声なんてお構いなしに。
…ゆっくり、ゆっくりと、まるで子供を寝かしつけるかように撫でてくる。
時折、遊ぶ様に指先で髪を絡めては…また、一撫でして。
暖かいというか、くすぐったい感触に…今度は自分でも、どれだけ頬が熱くなっているのか分かってしまった。
「こっ、こんなの眠るに眠れないんですけどっ」
「あ? 何で?」
「いやっ、何でって言われても…。答えづらいとゆーか、なんと言うか…」
私の声が、意に反してだんだん小さくなっていく。
…駄目だ。胸の鼓動が耳について離れてくれない。
それどころか、間近で聞こえてくる銀時の声にすら、息が詰まる程…緊張してしまって。
「ンだよ?」
「え゛―っと、あのっ、ほら! 銀時、その体勢で寝ちゃうと…辛くない?」
取って付けた様な言い回しだったけど、それでも理由を作っては言葉を返す私。
…これなら自然と離して貰える、と。
自信満々に銀時の顔をを見上げてみたのだけど…残念ながら、特に変わった素振りも無く。
「構わねェよ。こんなの滅多にねーし」
…それに、と。
「──夕霧の寝顔っつーのも、悪かねェ」
天井を仰ぐように呟いた口元が…何だか、和んだように笑って見えた。
……っ、駄目だ。もう眠れる気がしない。
「ほら、さっさと目ェ閉じろ」
「いやいやいやっ、そんな事言われた後に!?」
「…無理矢理閉じられてェの?」
「すみません嘘です」
言い終わるよりも早く、私は銀時と同じように瞳を瞑った。
未だに煩い、自身の胸の鼓動。
僅かに光が射しこんでくる暗闇の中、それでも銀時に…髪を撫でられて。
ゆっくり、ゆっくり、と。
…時間の流れを忘れてしまう程に。
何だかだんだん落ち着いてきたとゆーか…、安心してしまったとゆーか。
…あ、れ?
…そういえば…この感覚、今初めてじゃないような気が──。
私は一歩一歩近づいてくる眠気に誘われるがまま、おぼろけな意識の中で思ってた。
──結局、つけっ放しとなっていたテレビ。
相変わらずお天気お姉さんの声だけが響く中、増えたのは…一つの寝息。
──了──
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