6.願う


──雨に降られて、びしょびしょな二人の姿。

万事屋に着いた頃には、私も銀時もずぶ濡れだった。


「……ったく。イイ男が台無しじゃねーか、コノヤロー」

「ふふっ、フツー自分で言わないよ」


苦い顔しながら、タオルを探しにいく銀時。

私はリビングで笑みを零しては、その後ろ姿を見つめていた。

既に着流しは洗濯カゴの中だ。

その着物似合ってたのに、と残念そうに呟けば…

同じの四着持ってるから、と素で返されてしまった。

……うーん、銀時の事だ。ホントか冗談かよく分からない。


「ほら夕霧、タオル」

「あ、ありがと」


白くてフワフワしたタオルを渡されたのだが…広げて見れば。

……バスタオル?


「シャワーだけでも浴びてけよ。寒ィだろ?」

「でも着替えが…」

「何かテキトーに出しておくから」


ふと、神楽ちゃんの服を思い出して…私は首を縦に振った。


「俺は後でいーから。お前先に入ってこい」

「じゃあお言葉に甘えて、お風呂借りようかな」


ちょっと悪い気もしたが、先に入れさせて貰う事にした。


*****


──そーいえば、初めて借りるなぁ。

シャワーを浴びつつ、冷えた身体を温めていたのだが。

……。

さっき神楽ちゃんの服を想像したけど…あのサイズ、私が入る訳無いじゃない。

瞬間、頭を抱えてしまった。


「あぁぁぁ…忘れてた。神楽ちゃんは女でも、歳も背丈も違い過ぎるよっ」

「夕霧の着替えここに置いて……って、何一人で騒いでンだよっ」


ふと、磨りガラスの向こうから銀時の声。


「ちょ、俺も寒ィーんだから早くしろよ。それが嫌だっつーんなら、別に一緒に入っても構わ…」

「構うわよ!! もーっ、すぐ出るからあっちで待っててっ」


見えなくても分かる、面白半分にからかうあの表情。

私は投げやりに返事しつつも、さっさと髪を洗う事にした。


*****


お風呂から上がってみれば。そこに置かれたのは、男物の浴衣だった。

……っ、やっぱり神楽ちゃんのは無理だよなぁ。

思い込みの激しさに恥ずかしくなって、ちょっと苦笑してしまった私。

…だったのだが。


──フワリ…と。


浴衣に袖を通した瞬間、優しい香りに包まれた。

洗いたての洗剤の香り、太陽の香り。

そして…甘い、男の人の香りだった。


「ちょ、夕霧っ! まだかよ!!」


……っ!!

待ちくたびれたように名前を呼ばれ、ハッと我に帰って。

私は慌てて着ると、すぐに風呂場を後にした。


「ご、ごめんごめんっ! ありがとね」

「……? シャワー熱かったのか?」


ちょっとね、と言い返す私。

自分でも気づいてた。…頬が熱い。

入れ替わりに風呂場に行く銀時。

それを見送った後、私はリビングでくつろぐ事にした。

今の内に、火照った頬を冷ましておこう。


*****


…外、まだ雨が止んでない。

テレビの音が小さい分、窓に打ち付けられる雨音の方が遥かに大きく聞こえた。

静かな蛍光灯が白く部屋の中を照らしている。

そして…一番気になったのが、シャワーの音。


「……」


なんでだろう。

とても、ドキドキしてしまう。

…うーん、ホントに最近。変に意識してるからなぁ。

付き合ってはいるものの、結局昔と変わらな…

……いや、変わってるか。


──以前にも増して、彼の事ばかり考えるようになった。


こーゆうのが“恋愛”ってヤツなんだろーか…。

なんだかこの状況も、昼の連ドラでやってたのと同じだし。

色々と考えを張り巡らせていると、シャワーの音が止まった。

…ああ、銀時上がったんだ。

ふと視線を向ければ、やはりお風呂上がりの彼の姿があった。

頭にタオルを掛けて、寝間着のじんべえを片手に歩いてくる。

……。

上着を片手に持って?

一瞬固まってしまったが、やっと理解出来た。


──銀時、思いっきり上半身裸なんですけど。


「ななな、何でそんな恰好で出てくるのよっ」


私は思いっきり取り乱してしまった。

締まった身体付き、程良い筋肉の上に皮膚がそのままあるような。

銀時は銀時で悪びれた様子も無く、無造作に頭を拭いていて。


「あァ? 風呂上がりは暑いモンだろーが。つーか何で今更? 紅桜ン時も、看病して貰ってたしよォ」


そのまま部屋をウロウロしていた。

…いやいやいや。あれは半分お仕事ですからっ!

確かに診察する時は上半身脱いで貰ってたけどっ、それとこれとは何か違うっ!!

銀時は構わずマイペースにイチゴ牛乳をラッパ飲みしてたけど、目のやり場に相当困る。


「夕霧も飲む?」

「え゛っ、わ、私はお茶を頂ければっ」

「おまっ、狼狽しすぎ」


軽く苦笑しながらも、冷たいグラスを差し出された。


「ったく、これでいいーンだろ? 面倒くせェな、もう…」


言いながら、銀時はやっと上も着てくれて。

なんとか、先程よりかは落ち着いた。


「……だって仕方無いじゃないっ、そんなのっ」

「そんなんで、よく医者が務まるよなァ」

「診察じゃないからこれはっ」


取り乱した事、今になって恥ずかしい。

…と思っていたのだが、銀時が私の隣へと腰を下ろした途端。

今度は銀時の頭に被さっていたタオルが、はらりと落ちてきた。

濡れた銀髪。

いつもの天パとは違う…洗いたての髪からシャンプーのいい香り。

私の頬はまた、なぜか桜色に染まってしまった。


「ななななんで髪乾かしてないのよっ」

「はァ?」

「ちょ、そんなの駄目だって!」

「何が!? …って、ちょ、おまっ!!?」


私は有無を言わさず、落ちたタオルで銀髪をゴシゴシと拭く。

下ではジタバタもがく銀時だったけど、それでも手を休めない。


「天パじゃない銀時は銀時じゃないっ。なんか感じが違うって」

「どーゆう事だよそれ!? 俺の存在は天パだけかよ!」

「違うけど……っ、な、なんか状況が昼の連ドラと一緒だし。風呂上がりのだ、男女が…」


言いかけて、更に頬が真っ赤になってしまった。


「何見てンだよっ! つーかどんな話か予想付くしっ!! オメーそんなの見てンの?」

「いや、自分なりに恋愛を勉強しよーかと思って…。昼間は医務室暇だし」

「いやいや間違った勉強方法だから、それ! 夕霧にはまだ早ェ!!」


銀さんそんなに手ェ早くねェから。理性ぐれェあるからァァ! …と。

よく分からい事を必死に訴えてた。

私は手を休めず、ひたすら意味を考えていたのだが……。

やっぱり私にとってはまだ、理解出来るのには時間がかかるらしい。



『──願う』



ちゃんと分かるように…もうちょっと勉強しよう。

未だ、タオルの下からは銀時の声。

くすぐったそうな表情をしていたけど、止めようとはしてこなかった。


「ねぇ、銀時。…“恋愛”って大変なんだね」

「いや、たぶんそれ…オメーだけ」


銀時はなんだか楽しげに…笑ってた。


──了──


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あきゅろす。
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