23.弄ぶ

──夏を迎えた七月某日。非番だった私は、万事屋に遊びに来ていた。

今日は吸い込む息すら熱い晴天、この季節お得意の猛暑日というヤツだ。

アスファルトの照り返しによる熱波がどんどんと体を火照らせ、容赦なく降り注ぐ灼熱の陽射しがこれでもかと肌を焼く。

屯所を出た一歩目から既に心は折れ千切っていたが、それでも負けずに銀時の元へと、汗だくになりながらもなんとか根性で辿りついた。

前々から、万事屋には殉職しかけの扇風機ぐらいしか涼を取る手段がない事は重々承知の上でだ。

だからこれは、冷房云々の話じゃない。いや、エアコン欲しいけどもっ。めちゃめちゃ必要なんですけどもっ。


「……、冷却材って」


こうやって使うんだっけ? と、私の口からポツリと零れた。

万事屋につくなり、汗だくな銀時から同じく汗だくだった私に手渡されたのは、手の平サイズの冷却材だった。

冷凍庫で凍らせれば何回も使える、蒼いゲル状のヤツが中に入ってる、あの冷却材。流石に素手だと冷たすぎるので、薄手の白いハンカチが一枚巻いてある。


「…これ以外、どうやって使えっつーんだコノヤロー」


銀時はさもこれ以外に正解はないかというような口調で、平然と首を縦に振った。つられて私の頭も縦に動く。


「夕霧だって頷いてンじゃねーか。そう思ってンなら聞くな。喋るだけで暑ィんだよこっちは」

「いやいやいや」


こんな状況…そりゃ銀時が動けば、私もつられて動くに決まってるじゃないか。

こっちは好きで肯定してるんじゃないと、溜息混じりに返した。しかし、それが私の精一杯だった。

否定すればする程なけなしの体力は削られていくし、何より暑さで思考回路がうまく働いてくれない。

──私と銀時の額、その間にぴったりと張り付く一つの冷却材。

“頭と頭をごっつんこ♪”的なフレーズの童謡があったような、なかったような。

とにかく、傍から見ればそんな状況だった。

おでこに感じるひんやりとした冷たさのすぐ向こうでは、同じく銀時もまったりとおでこを冷却中。


「仕方ねェだろ。コレ、一個しかなかったンだからよォ」

「そりゃ借りてる側としてはありがたいんだけどさ」

「ンだよ回りくでェ。何が気に入らねーんだよ」

「いや、気に入らないって言ったら語弊あるけど。あの…」

「何?」


ぐいっと身体を引き寄せられた私は、一瞬言葉を詰まらせた。考えは纏まっている。纏まっているが…。

おそるおそる瞼を開き、しばしの間の後、口を開いた。


「……なんか…近くない? 距離が」


両者の熱でじわじわと溶けていく冷却材。白いハンカチの隙間から、幾重にも水滴が頬を伝い落ちてくる。

気分的に、これは自分の冷や汗だと言っても大差ない。すぐ目の前、だるそうな紅い視線とばっちり目が合ってしまった。


「なんで?」

「こ、腰に手を回されてたり…その、落ち着かないとゆーか」

「仕方ねェだろ、こうでもしねーと夕霧逃げるし。逃げたら落ちるし、冷却材」


言いつつ、銀時は再度私の身体を引き寄せてくる。


「ちょ!?」


反射的に離れようとしたが…それは無理な話で。私の頭そのものが冷却材と勘違いしてるかの如く、後頭部をがっしり確保されてしまった。

額がより冷たくて気持ちいい事には代わりないが、それ以外が──


「だから銀時近いからっ。あっついから照れるからっ、余計汗ばむからっ」

「夏真っ盛りに何言ってンだか。汗も滴るイイ男?」

「開き直ってるよね、それっ! 肌サラっサラの方がイイに決まってるでしょっ」

「それこそ無茶振りだ、コノヤロー。今日のニュース見たか? 三十九度だぞ三十九度。人肌の方が冷てェっつーの」

「話ずれちゃってるからっ。お互いこの暑さをどう乗り切ろうかって、そーゆう話を──」


言いかけて、私はふと我に返った。話がずれてるのは自分の方じゃないか。

だから、問題は距離が近すぎる事なんだと。再度頭の中で考えを整理しようとしたが…これが、うまくいかない。

ソファーの上。隣に座る銀時の右手は私の腰に回り、左手は後頭部に回り、無理矢理顔の正面を向かされて。

その上、距離が近いと改めて認識すれば、そりゃ頬も赤くなる訳で。


「…おま、熱上げるな無心になれ。余計溶けるだろーが冷却材。これ一つしかねーつってンだろ」

「む、無心になれとか無理だからっ」


私は銀時の視線から逃げるように目を伏せた。伏せたら伏せたで、黒のインナー開いた胸元、汗ばむ素肌。


「何それどーゆう事? 夕霧ちゃん何考えてンの?」


銀時が私を“ちゃん”付けで呼ぶ時は、決まって口元が邪な笑みを浮かべてる。楽しげな声音が更に腹立つこんちくしょう。

私は反論を飲み込む代わり、ぐいっと自ら額を近付けた。近付けたというか、目一杯押し込んだ。


「いだだだだっ!? おまっ、何すんだコノヤロー! ゴリっていったからっ、氷の部分がピンポイントで穴開けにきたんですけどっ」

「あー冷たくて気持ちいい、スッキリするわ」

「確実に腹いせだろーが、スッキリしたのはよォっ。この状況で喧嘩売るたァいい度胸じゃねーか」

「違うし、買ったの私だし」


こうなりゃヤケだ。私はそのまま銀時の身体を力一杯抱きしめた。


「なっ、ちょっっ!?」

「フフフ、あっついでしょ。めちゃ暑いでしょ」


触れる吐息すら熱いが、もう知らない。目の前、狼狽する銀時の体温さえもが、妙に熱く感じた。

距離が近いとか遠いとか、唇が触れそう触れなさそうだとか、そんなモンはもうどうでもいい。何をどうこうしても、暑いモノは暑い。


「夕霧ちゃん!? おまっ、戻ってこいっ。そんなキャラじゃねェだろ…っつーか、医者だろーがオメーはよっ。何さらっと暑さにヤられてんだよっ」


銀時の戸惑いの表情は尚も続いたが、お構いなしにぎゅうぎゅうと抱きしめ続けた私。

それはもう、目一杯に力強く。冷却材が完全に溶けきっても、買い出しから帰った新八君が止めに入るまで、永遠と抱きしめ続けたそうな。


──あんたら、このクソ暑い日に何やってんですかっ。

もう何とも言えない新八君の声と共に、銀時の悲鳴にも似た、焦りの声とが重なって──

うう…なんでこうなるの。穴があったら入りたい。

我に返った(正気を取り戻したともいう)私は、頬を真っ赤にして団扇を仰ぐ。

その先には、熱中症で殺す気かとお怒りのクレームを上げた銀時さん。

熱が冷めるまで仰げ、と。

私と同じく、頬を染めてはそう…呟いてた。



──了──






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