【懐かしいキスをする/バレンタイン】

二月も半ばに差しかかった頃。

商店街に並ぶ沢山のチョコレートを見る度に、私は頭を抱えていた。


「あー……銀時にチョコを渡すべきか、渡さざるべきか」


医者の本音としては“絶対渡したくない”の一言に尽きる。

…かと言って、渡さないってゆーのも彼女として……どうだろうか、と。

糖尿病寸前じゃなかったら迷わず渡すんだけど的な考えが巡りに巡って、チョコを目の前に足止めを食らっていた。


「……はぁ」


腕にかかった商品カゴは相変わらず空のまま。

反面、売り場に集まってた他の女の子達は真剣な眼差しでチョコを物色している。

私とは違って積極的とゆーか、攻撃的とゆーか。

四方八方と伸びる手によって、商品棚からどんどんとチョコレートが売られ消えて……って、あれ?


「えっ、うそ! ちょっと待って!?」


我に返った頃には、すでに手作り用の板チョコは全部売り切れていて。

反射的に義理チョコのパッケージに手を伸ばしたが…宙を掴む始末。

…ちょ、皆どんだけ買い込んでんのよっ!?

僅かに残ってたのは、一回り大きな箱をした市販品トリュフの詰め合わせだったのだが…出した手を後に引く気は無い。

私は人混みで押し合う集団の中、無我夢中で前を目指した!!


*****


──で、その場の勢いに任せた結果。

私の手元にあるのが──この、大きな箱詰めチョコレート。

…ぶっちゃけ、今日はもうバレンタインデーと呼ばれてる日だ。

考える暇も無く、結局その流れで万事屋に向かっている最中だったのだが…──


「…はぁ」


…やっぱり、納得いかない自分がいる。

あげるにしても、流石にこの量は銀時にとって致死量だ。


「あーあ。こんなに沢山どうし……、沢山?」


自分自身で呟いた一言のお陰で、さっきまで悩み続けていた問題が簡単に解消した。

…ああそっか。沢山じゃなければいいじゃないか。

私は満面の笑みを浮かべるとすぐ、チョコの包装を解いてはまた戻す動作を繰り返して。


「いやいや……やっぱりこれぐらい、かなぁ?」


ブツブツと独り言を膨らませては…

──口元にチョコを付けたまま、万事屋のインターホンを押した。


*****


──ピンポーン…と。

聞きなれたインターホンの音の後には、すぐ銀時が玄関を開けてくれた。


「よォ、夕霧がこんな昼間に来るなんざ珍しいじゃねーか」

「ふふっ、今日はバレンタインだったから」


言うなり早速、私は胸元に抱えていたチョコを手渡した。

…一瞬、銀時の死んだ魚の様な目に、僅かながらも光灯るのが分かってしまって。

ああ、なんだか照れくさい……以前に、心が痛む。


「あのっ、手作りじゃなくて申し訳無いんだけどさ」

「ンなの構わねェーよ……って、オメーさ。何か口に付いてンぞ?」

「…え゛っ!?」


不意に銀時の指が近付いてきた。

……が。

私は動揺しまくりながらも、咄嗟に手で隠しては誤魔化した。


「あー…っと。お昼の食べ残しっ」

「おまっ、神楽じゃあるめーし。イイ歳した女が、ンなの付けて外出歩くンじゃねーよ」

「急いで食べて来たからさ、ついつい」

「何だよ、これから仕事か?」

「ううん、違う。今日は一日非番なんだ」

「……なら、少しゆっくりしてけよ」


軽く笑みを零しては、玄関の中へと戻る銀時。

……あ゛あ゛っ、チョコ渡して逃げようと思ってた私の計画がっ!

でも、ここで断るのは明らか変だし…


「そ、それじゃあ…ちょっとだけ、お邪魔しマス」


心の中では思いっきり頭抱えたいと思いつつも、平常心を装ってはご好意に預かる私。

…こうなったら、銀時が箱の中身に気付く前に帰ろう。

──と、画策していたのだが。

ソファーに腰を下ろしても、銀時は一向にチョコを手放そうとしてくれない。

それでころか…今すぐ食べる雰囲気がどんどん漂ってきて。

楽しげなその面持ちが、余計に緊張感を煽ってきた。

……マズイ、非常にマズイ。


「銀時…なんだか嬉しそうだね?」

「いや、まさか夕霧からこんなデケェの貰えるとは思ってなかったからよ。オメーの事だから“医者として糖分禁止〜”とか言いそうだったし」

「…あ、あははっ。でも、そんなに期待させる程のモンじゃ無いから……」


…余程嬉しかったのだろう。

たまにしか見せない、柔らかい表情が飛んで来た。

そんな笑みに勝てる筈も無く…私の声はだんだんと小さくなってゆく。


「あの、冷やしてから食べた方が美味しいかも…なんて」

「そーいや久しぶりだわ、チョコ食うのも」


…とゆーか。私の話なんてまるで聞こえてないよ、この人。

大事そうに持ってた銀時の手が、鼻歌交じりに包装紙を解き始める。


「な…銀っ、ちょっと待って!?」

「あァ? 何で?」

「いやっ……別に…ほらっ」


最後の力を振り絞って止めに入ろうとはしてみたものの。

もう…それ以上、フォロー出来る言葉が浮かんでこなかった私。

──そりゃ、箱も開いちゃうよ。

一瞬で固まった銀時と共に、何とも言えない空気が万事屋に漂った。


「……。ちょ、夕霧ちゃん?」


心音がドクドクと速まるのも束の間、銀時の唇がゆっくりと開く。


「貰って言うのも何だけどよォ…。なんか、少ないっつーか、足りなくね? 明らか中身抜かれた形成があるんですけど」


何とも言えない紅い瞳と目が合うと同時、頭の中では色んな言葉が飛び交った。

しかし…誤魔化そうと思えば思う程、口先だけが焦ってしまって。


「こ、恋人としての気持ちと、医者である責務的なモノを足して二で割ったら…それだけ……残りました」


つい、本音というモノが出てしまう。

私の震える声が伝わったのか、銀時の身体が真正面にこちらを向いた。


「……で、その抜いた中身はどこいったンだよって話になるよな? …なぁ、夕霧ちゃんよォ?」


…ヤバい、あの薄笑いは気付いてる。

私が食べた事に気付いてるっ!!

銀時から溢れだす殺気にも似た負のオーラに、身の危険をヒシヒシと感じ取る私。

同時、本能的にじわりじわりと後退していっては…


「ご、御馳走様でしたっ!」


逃げる様に玄関へと走った!!


「ふっざけんじゃねェよ、コノヤロー!! 俺の糖分と喜び返せェェ!」


しかし……さすが銀時と言うべきか。

玄関に続く廊下へと、真っ先に回り込んできた!

私は慌てて方向転換しつつも、掴まれないようにソファーを挟んで距離を保つ!


「ちょ、待って待って!? ホント迷ったんだから! 渡しただけ褒めてくれてもいいんじゃない!?」

「俺ァな、この日の為にわざわざ糖分摂取控えてたンだよ! むしろその努力を返せ!!」


私を捕まえようとしているのか、先程から宙を掴みまくる銀時。

空を切る着流しの袖が怖いぐらいに身体を掠めるのだが…間一髪、それでも捕まらない自分を褒めてあげたい。


「それこそ言ってる意味分かんないからっ!」

「つーか、夕霧! 走り回るンじゃねーよ!!」

「仕方無いでしょ!? 銀時が追いかけてくるから悪い……っ!?」


けっして大広間とは言えない万事屋のリビング。

捕まらない事だけに集中しまっくっていたのが運の尽き。

ソファーを一周した頃には、私の背中に…とうとう壁が来てしまった。

あ゛あ゛っ、どうしようっ……って。

──…あれ? そーいえば、なんか前にも同じような事が……──

デ・ジャヴな感覚に襲われてる余裕なんて微塵も無い筈なのに。

…こうやって、銀時に追い込まれた時に感じる緊張感も。

逃げ場がない街角の景色も…甘い香りですら、鮮明に蘇ってくる。


「夕霧…最近よォ、似たよーな事なかったけ?」

「……。前回はプリン食べた気が……する」


…どうやら銀時も覚えてるらしい。

確かに今と同じ様に、銀時の甘味を食べて…怒られて、追いかけられて。

……って、いやいや。

思い出せば思い出す程自分の首を絞めてしまう、と。

私は目の前に迫った銀時に対して、今更ながらも首を振っては無実を主張した。


「過ぎた事は過ぎた事じゃないっ、ね!?」

「…ったく、何度も人のモン食い逃げしやがって」

「今回のは違うから! 間違えて食べたんじゃないからっ」

「あァ? 計画的犯行ってヤツか?」

「そーゆう意味じゃないっ!!」


…と、勢い良く突っ込みを入れて我に返ってみれば。

丁度、銀時の手がが私の肩へと触れた瞬間だった。

その場から動かないよう、軽く力が入った両手。

……。

自分でも、顔が青ざめるのが分かってしまった。


「ああっ、銀時ズルイ! 注意を反らした間に近付くなんてっ」

「アホか。こっちは鬼ごっこしてる訳じゃねェんだよ」


意地悪そうな笑みを浮かべる銀時。

……ああ、またデ・ジャヴだ。

この表情、この台詞…ハッキリと見覚えがある。

──そして、この後…銀時がとった行動までも。


「私っ、今から買い直してくるっ!」

「…っつても、もう遅ェよ」


自身の焦りと共に帰って来たのは、銀時の意地悪そうな笑み。

口元が弧を描いたのと同時、私の身体は…その胸元へと無理矢理引き寄せられた。


「──俺の糖分、返せよ」


…一瞬、息をするのも忘れてしまった。

耳元で声が聞こえたと思えば、フワフワとした銀髪が頬をくすぐっていて。


「ちょ、銀っ!? ホントやめ…っ」


首元に顔を埋められた瞬間、身体が反射的に逃げてしまった。

……が、それを遮る様に。


「逃がさねェ…ってか、逃げれねーだろ?」


いつの間にか腰へと回っていた銀時の腕。

吐息が…唇を掠める。

そんな至近距離に、私は思わず目を瞑ってしまった。


「こ、心の準備的なモノがっ。あの、ちょっと待っ…」

「無理」


囁かれた低い声と共に。

──唇が、触れる様に重なった。



『──懐かしいキスをする』



「……っ…!」


…高鳴る心音に、胸がどうにかなりそうだった。

まっすぐとこちらを見つめる紅い瞳、暖かい…腕の感触。


「──…夕霧」


外の雑踏を余所に、聞こえてくるのは銀時の声だけで。


「次ァ…三回目は、流石に俺も──」


時折、頬へと触れる口元。

小さな小さな囁きでさえ、その動きで言葉が分かってしまう。

──ここで止まれる自信ねェから。

髪をそっと一撫でしたのを最後に、銀時はようやく…私を離してはくれた。


「……ま、俺ァこの際どっちでもいいンけど」


固まったままの私の肩を軽く叩いては、ニタっと悪戯っぽく笑みを浮かべる銀時。


「……よっ、良くないに決まってるでしょ!!」


──もう、甘いモノは絶対食べない!


思いっきり銀時と距離を取りつつも、私は必死で誓いを立てた……二月の十四日。



──了──



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あきゅろす。
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