18.触れる(十月十日/現代編)
──そういえば…髪、少し短くなったよね?
あの頃は刀を振るう度、戦場を駆け抜ける度に揺れ動いててさ。
気付いたら、その銀色ばかり追いかけてる自分がいて。
見失わないよう、置いていかれないよう…必死で追いかけた。
──でも。
やっとその背中に追いついたと思ったのに。
穏やかに流れる時間の中、ただ隣に居るだけなのに。
何故だか…息が出来ない程、胸が締め付けられて──
【触れる-十月十日(現代編)-】
──十月十日、夜。
仕事が終わるとすぐ、私は万事屋へと向かった。
もちろん…銀時の誕生日を祝う為にだ。
祝うことが出来なかった今までの分までも、今日は沢山“おめでとう”を言うんだ、と。
そんな事を胸の内に秘めつつ、張り切って銀時の元を訪ねたのだが…
「なぁ、夕霧。さっき持ってきたケーキってチョコレート?」
「…っ、うんっ。普通の生クリームにするか迷ったんだけどさっ」
いざ本人を目の前にすると、なかなか言葉が出てこなくて。
プレゼントに持って来たケーキを手渡してからずっと今まで、他愛無い話しか出来ずじまいの有様。
……っ、これじゃあまだ…部屋の中の方がマシだったかもしれない。
私はライトアップされたターミナルを眺めながら、軽く後悔してしまった。
──夕霧って江戸の夜景、見た事あったっけ?
万事屋に着くと、銀時は突然そんな事を聞いてきた。
既に顔を合わせた時点で一杯一杯だった私は、素で首を横に振ってしまって。
その数分もしない内に連れてこられてきたのが…この場所、万事屋の屋根上。
今日は小さな星々までも見渡せる程、雲一つ無くて。
足元から続くネオンが、蛍火の様に淡くきらきらと続いてた。
「この季節は空気澄んでて…き、綺麗だね」
…そんな中、ふっ、二人きりにさせられてもっ。
当たり障りの無い言葉を選びつつ、私は必死で間を取り繕うとしてたのだが。
「おまっ、さっきから言葉噛みすぎ」
「…うっ」
やっぱり…緊張してる事はバレバレだった。
「つーか、何で今更戸惑ってンだよ? 誕生日祝うっつって来たのも夕霧の方からだろーが」
「っ、そうだけどさ…」
「俺ァ別にいいけどよ。…また、日付け変わっちまっても知らねェぞ」
さり気無く呟かれたその言葉。
場所が瓦の上というのも手伝ってか…なんだか、昔の銀時がダブって見える。
「も、もしかして覚えててくれたの?」
「あン? 何をだよ?」
「前にも一回さ、こんな事あったじゃない。屋根上で…誕生日、祝いそびれた事」
「……。さぁな」
銀時は夜空を仰いでは、軽く笑みを零してた。
…むー……その表情は一体どっちなんだ?
「ね、銀時。とにかく…」
私は一息吐くと、間を取り直した。
「今はゆっくり夜景でも見ようよ。ね?」
「おまっ、さっきから下ばっか見てンじゃねーか」
「仕方ないじゃない! 顔上げたら銀時居るんだもん」
……はぁ、と。
隣で小さなため息が聞こえてきた。
聞こえてきたらと思ったら…
「第一問。今日は何の日?」
唐突に、銀時がクイズ口調で話しかけてきた。
「……?」
「ほら、何の日だよ?」
「今日は銀時の誕生日…だけど?」
私は釣られながらも首を傾げていたら…ぐいっと、顔を正面に向けられてしまって。
「第二問。…で。オメーは俺に、何て言いに来たンだよ?」
「……っ…」
「三秒以内に答えねーと…このまま押し倒す」
口を紡げば、間髪入れずに返ってきた低い声。
…赤い瞳、ちょっと真剣だ。
「ちょ、何でそーなるのよ!!?」
「はーい、今の一回お手付きだから。お手付き二回でも問答無用で…」
「あわわわっ、分かったから! ちゃんと言うからっ!!」
ぞわぞわと背中に悪寒が走り、私は無我夢中で頷いた。
…な、なんだか慌ただしいけど、もうそんな事気にしてる暇なんて無いっ。
「えっと…誕生日っ、おめでとう──」
私が心を決めて言いかけた瞬間…ギュッと、私の身体を抱き寄せてきた。
ふと、頬を掠めた柔らかい銀髪。
肩に顔を埋めてきたと思えば…耳元から、銀時の声が響いて。
「…ったく、どんだけ待たせりゃ気が済むンだよ。もう時間切れ」
「いやいやっ、ちゃんと三秒以内だったじゃないっ!」
銀時の腕の中、私は半ば混乱気味に言い返した。
一気に跳ね上がった心音を必死にこらえ、ジタバタともがいてはみたものの…男の人の腕力には逆らえず。
「“今度はちゃんと十日にお祝いする”っつって……何年経ったと思ってンだ、コノヤロー」
銀時の呟いた一言が余計に胸を締め付けて。
暖かい腕の中…私の思考は止まってしまった。
…やっぱり、覚えてたんだ。
小さな約束を覚えててくれた事。
それを何年も待っててくれた事。
何年も何年も…待たせてしまった事。
…色々な想いが、胸の内をグルグルと回り始めて。
「ごめん…銀……」
なんだか申し訳無い気持ちが一杯になってきて、途切れ途切れ言葉を口にする私。
そんな私を安心させるかのように銀時は…そっと、髪を撫でてくれた。
「ま、お互い様だけどな。俺も…言いそびれちまってたしよ」
「……?」
…夕霧、と。
再度私の肩へと顔を埋めた銀時。
最初は揺れた銀髪が、頬をくすぐったと思った。
「誕生日覚えててくれて…ありがと、な」
──でも一瞬、微かに感じた……唇の感触。
『──触れる』
…もしもあの時。戦もなくて、雨も降ってなかったら。
今と同じように…こんな気持ちになってたのかな?
どうしようも無いぐらい胸が一杯で、息が出来なくて、ドキドキして…──
……ふと、気付けば。
私は力一杯、銀時の身体を抱き返してた。
「っ、夕霧……?」
──銀時に名前を呼んでもらう度、胸の奥が熱くなる。
頬をくすぐってた銀髪に、そっと指を絡ませた。
ずっと想い焦がれて、追いかけてきた色。
…だからこそ、“今”があるんだ。
「銀時…髪、短くなったね」
「…ンだよ突然。前の方が良かった?」
そんな事ないよ、と。
私は笑みを零しながらも、首を横に振った。
「──好きだよ、銀時」
何年も会えなかった事や、いつ銀時と再会出来たかなんて…小さな事だと思った。
たぶん私は昔でも、今でも。
いつでもきっと…
──銀時が微笑む姿に、恋してる。
─了─
Happy Birthday Gintoki!!
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