カイとソウ《2》
*


ピンポーン


微睡んでいた意識は響いてきたインターホンの音に引き戻された。
ぼんやりする頭で時間を確認したら11時過ぎ。

ピンポーン

もう一度鳴ったインターホンに慌てて体を動かして玄関へ向かった。


ドアを開けたら恢が立っていた。
「無用心」
長い指が鼻を摘まむ。
見上げた顔は憮然としている。
「え?」
「確認しないで出たらダメだよ」
「ぁ…ごめん」
でも、こんな時間に家に来るのは恢かかーさんくらいだよ。
かーさんは自分で鍵を開けるし。
「鍵…使っていいのに」
冷たくなっている恢の手を引きながらリビングへ向かう。
「そーたに出迎えてもらうのが好きなんだって」
「……なら、いいけど」
そう言って、まだ一度も鍵を使ったことはないんだ。
着ていたジャケットを脱いでソファーに置くと、僕の手を引く。
「恢?」
「んー…ちょっとこのまま」
抱き寄せられて恢に体を預けた。
ふぅ、と安堵したような溜め息を吐くと恢の鼻が髪の毛に潜る。
「なんか、あったの?」
「あった…というか、これからあるというか」
「…なに?」
「結論から言うと、今のところは何もなし」
わかり難い言葉に首を傾げる。
「ねぇ、そーた」
僕の体を抱き締めたままソファーに腰を降ろす。
膝の上はちょっと恥ずかしいんだけど…
そんな風に思っていても恢は全く気にしない。
まぁ…僕たち以外、誰もいないから構わないけど。
「今度ね、オーディション受けるんだ」
「へぇ…」
「化粧品とデジカメので、両方けっこう大きい仕事で」
恢の肩に顎を乗せると長い指が髪の毛に潜る。
「ん、ゃ…っ」
指が地肌を滑る感じが擽ったくて声が漏れた。
恢が笑ったのか空気が動く。
「モデルの仕事って基本的にはオーディションで取るんだけどさ」
そうなんだ…
なんか、僕が考えていたよりシビアな世界なのかな。
「もちろん企業とかデザイナーからオファーを貰うこともあるけど、稀だよね」
「大変…なんだね」
「まだまだ実力無いからね」
卑下するわけでも諦めるわけでもない、淡々とした口調に顔を上げる。
「現時点で、仕事内容について俺から注文つけるのはなかなか難しいとこ」
目が合うとふ、と和らぐ視線。
「ねぇ、そーた…覚えていてね」
頬を包まれて顔を引き寄せられる。
唇を掠めるしっとりとした吐息に鼓動が跳ねた。
「俺から触れたいと思うのはそーただけ」
「恢…?」
「俺はそーたを好きだから」
「…んっ」
僕が言葉を発する前に滑り込んできた舌が僕の舌を絡め取る。
すぐに離れたけど、しっかりと吸い上げられて力が抜けた。
「誰が何を言っても、それは忘れないでね」
真剣な、でも蕩けてしまいそうに甘い瞳に見つめられて頷いた。




──────

廊下に響くのはやけに大きい溜め息。
窓から差す夕日で廊下は赤くなっていて、影が長く伸びる。
日が長くなったなぁ、なんてぼんやりと廊下を眺めた。
今日は恢の予定は何もない日。
一緒に帰る日。
僕は放課後、紺野先生に呼ばれていたけどすぐに終わる用事だったから待っていてもらうはずだった。
でも、昼休みに恢のケータイが鳴った。
事務所の社長からだった。
眉間に刻まれるシワが深くなっていくのを眺めながら自分の溜め息は飲み込んだ。
ごめんね、そう言って僕の髪の毛を混ぜた長い指。
頷くしか出来なかった。


「仕方ない、よ」
運動部の活動する音が遠くに感じる。
大きく深呼吸をして廊下を歩いた。
「あれ…箏太サン?」
俯けていた視線を上げると段ボールを持った詠くんと柊先生、少し前にやっぱり段ボールを持った小野がいた。
「今日、恢は?」
「ぁ…うん、用事出来ちゃって」
軽く言ったつもりだった。
でも、詠くんの顔を見て失敗だとわかる。
だから、俯いた。
「箏太サン…」
「ん、平気……帰るね」
小野が近付いてくる気配を感じて逃げるように足を進めた。
「箏太センパイ…っ」
その声を振り切るように廊下を走った。


靴を履き替えて校舎を飛び出した。
その勢いのまま校門を抜け、駅への道を走る。
荒くなる呼吸と高ぶっていく神経。
悩んだって、考えたって仕方ないじゃないか…と、それが頭の中で駆け回る。
恢がモデルとして立つ為に必要なことをしているんだから。
僕と恢は男同士だから、完全に寄りかかるような甘え方はだめなような気がするから。
そんな風に取り繕うような言い訳を頭の中で繰り返す。

──…でも、本当は?

ぷかりと浮かび上がってくる願いは頭を振って振り払う。
だって願ったら恢の迷惑になる。

駅の改札を潜り停車していた電車に飛び乗る。
中吊り広告から目を逸らし、爪先を見つめる。
左手首にある腕時計。
そっと指を這わす。
ひんやりとした感触に昂っていた神経が冷えていくみたい。
僕を恢に繋ぐモノ。
ぼんやりと反芻しながら、詰めていた息を吐いた。
顔を上げて中吊り広告を見る。
目に飛び込んでくるモデルをしている恢の姿。
ねぇ、恢…
僕はもっと恢の傍に行きたいみたいだよ。
隙間無く、寄り添っていたいみたい。
どうしたらいいのかなぁ…

口から零れたのは自嘲を含んだ溜め息。




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