カイとソウ《2》
*
絡んだ指が強く壁に押さえつける。
そんなことしなくても、逃げたりしないのに。
合わさった唇からは熱を孕んだ荒い息と、跳ねるような水音。
見つめる瞳はゆらゆらと熱で揺れている。
その瞳の熱さに歓喜する僕は、やっぱりおかしいのかな。




──────

「箏太サン」
放課後、紺野先生に頼まれた用事を済ませて職員室から教室へ戻る途中。
久しぶりの声に振り返った。
「詠くん」
「久しぶり、デスネ」
「そーだね」
恢と良く似た、でも幼さの残る姿は僕の中で可愛い弟のようなもの。
「……恢は?」
「今日は英会話」
「あー…」
納得して頷いている。
「詠くんは?」
「柊先生に用事を頼まれて、さっき終わったトコ」
「僕は紺野先生」
ふ、と笑い合う。
恢とはまた違った穏やかな空気。
詠くんの纏う空気が穏やかなんだと思う。
「んじゃ、駅まで一緒しますか」
詠くんの提案に頷いた。




並んで歩くと恢より近い位置にある視線。
「箏太サン?」
「んー…恢ってやっぱり背が高いんだなぁ、なんて」
「…まあ、ねぇ」
頷く詠くんだって既に僕よりも背が高いけどね。
「箏太サン」
詠くんのちょっと真面目な声に視線を上げた。
「なんか…ちょっと無理してない?」
見つめられた瞳の色が恢と同じで…
少しだけ苦しくなる。
「無理なんて、してないよ」
「俺から、恢に言おうか?」
「…言わなくて平気」
詠くんの瞳が歪む。
あ…傷つけちゃった。
「ごめん…でも、大丈夫だから」
だって恢と一緒に居るなら離れなきゃならない時だってあるだろうから。
「箏太サンは…なんか、不器用だよね」
違うよ、という言葉はうまく出てこなかった。
「……甘えて縋っても、自分の中で処理しきれてないなら恢に言っても堂々巡りだから」
「でもさ、言っておく方がいいと思うけど」
ヤスもミカも、恢も同じように言っていた。
話しておくことに意味はあるのかもしれない。
だけどやっぱり、燻っているモヤモヤは自分で片付けないといつまでも晴れることは無いんじゃないかなぁ…
「まぁ…あんまり無理しないように」
「ありがと」
「箏太サンがさ、不安がってると恢の機嫌が良くないから」
「………うん」
不安は伝染しやすいからね。

それからは詠くんが入学してからの話をしてくれた。
クラスメイトのこと。
恢の弟と知って、詠くんをいろいろ質問責めにした小野のこと。
勉強のこと。
担任の柊先生のこと。
同じ学年に柊先生の従弟がいること。
その子がとってもかわいらしいこと。
「柊先生って、担当になったことないんだよね」
去年の学園祭以前は話をした記憶がないくらい。
今は気にかけてくれているみたいで、時々声をかけられる。
「見た目に反して頑強な感じ…」
思わず吹き出してしまった。
「恢に聞いていたし、風紀の顧問だから…まぁ、当然なのかもしれないけど」
「ギャップが激しいんだ」
頷いて笑う。
笑う顔はやっぱり少し幼くてかわいい。
「小野も首掴まれて引き摺られてたし」
騒ぐ小野の姿が容易に想像できる。
自分より背の高い人間を引き摺れるなんて、相当力が強いんじゃないかなぁ。
「でも」
言葉を切ってふわりと笑った顔はなんだか優しくて目が奪われた。
「嘘をつかないから、俺は好きだな」
「詠くんて…」
「え?」
ぱちりと瞬いた瞳をじっと見てしまう。
「ゃ…なんでもないよ」
「はぁ」
首を傾げると前を向く。
ちょっと、びっくりした。
いつもより大人びた優しい、優しい笑顔で。




駅の改札を入ったところで詠くんと別れた。
来た電車に乗って車内を見渡すと雑誌の吊り広告が目に入る。
「あ…」
恢が出ている雑誌の広告。
恢ともう一人のモデルさんと表紙を飾っている。
いつも見慣れた恢よりも男っぽくて鼓動が速くなる。
どんな恢を見ても格好良いと思う。
あの人が自分の恋人だ、と触れ回りたくなる。
でも同時にモデルをしている時の恢は僕の恋人ではないんだと、苦しくなる。
際限がない。
どこまでも濃く、強くなっていく思い。
こんなに重苦しくて醜いものを恢に晒すのはやっぱり怖くて出来ないよ。
吊り広告から目を逸らした。

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