カイとソウ《2》
*




──怒って いいんだよ


溜め息混じりにそう言って僕の肩を撫でてくれた麻子さん。
浴衣を片付けながらポツポツと話したのはお祭りでの出来事。
先に帰った詠くんから大体のことは聞いていたみたいだけど。
恢と良く似た面差しで、でも女性らしい柔らかな空気は僕のぐずぐずした気持ちを簡単に解してしまう。


──言ったでしょ?


笑んだ表情は優しくてじわりと視界が滲んだ。


──何かあったら私に言いなさい


懲らしめてやるから、と宥めてくれた。
でも、大丈夫だと首を振ったのは自分。
強がりなのか、単にプライドの高さなのかよく分からなかったけど…
麻子さんに甘えることができなかった。






──────

仕事から帰った恢の母親の香子(キョウコ)さんに風呂をすすめられた。
父親の清貴(キヨタカ)さんは出張中だそうだ。
湯船に浸かったら、疲れがどっと押し寄せてきた。
「はぁ…」
短い溜め息は思っていたよりも大きくて風呂場に響く。
鼻緒が当たっていた指の間をそっと撫でる。
ヒリヒリとした微かな痛みくらいで剥けたりはしなかった。
それでも普段より足元を気にしていたからか全体的にダルい。
顎まで湯に浸かって目を閉じる。

わかっていたこと。
知っていたこと。

恢がたくさんのヒトと関係を持っていたこと。
まだ、たくさんのヒトが恢と関係を持ちたいと思っていること。
それが、いつもよりあからさまだっただけ。
恢を見つめるヒトから見たら、隣に居た僕は邪魔なものだし。
でも。
でも、さ。
「やっぱり、ヤダよ」
両手で覆った顔は情けないくらい歪んだと思う。




風呂を上がって用意してもらったTシャツとハーフパンツを身に付ける。
鏡に写る顔はなんだか自信無さそう。
「……もともと無いけどね」
目を逸らして眼鏡のフレームを押し上げた。

廊下を歩いているとリビングから話し声がした。
ドアは閉まっていて中からは恢と麻子さんの声がする。
年が離れているからか、よく見る姉と弟より仲が良いと思う。
ドアノブを握って回しかけて手を止めた。
リビングから聞こえてきた麻子さんの声がドアを開けるのを躊躇うほど厳しかったから。
「まったく…箏太くんを不安にさせて、何やってるのよ」
「……わかってる」
「私の言ってる意味はわかってるの?」
「わかってる」
ひんやりとした麻子さんの声に低くなっていく恢の声。
「箏太くんが自分からこっちのお祭りに行きたい、て言ってくれたんでしょ?あなたの背景にも興味を持ってくれたんでしょ?それなのに」
「わかってる…っ!」
麻子さんの言葉を遮る恢の声は唸るようだった。
ドアノブから手を離す。
そっと、音がしないように。
それから…
リビングから離れて恢の部屋へ向かった。




恢の部屋はいつも訪れる香澄さんの家の部屋より生活感がない。
例えば教科書や参考書、制服、雑誌等々、細々とした物が無いから。
それでも恢の気配は色濃くある。
今の恢は僕の知らない恢が居たから存在する。
当たり前で、なんの捻りもないことをぼんやりと思う。
「わかってる、よ」
さっきの恢の声が蘇る。
腰を降ろしたのは恢のベッド。
指に触れたシーツを撫でる。
ぐらぐらと揺れてしまう自分の心。
恢は僕を好きだと、態度も言葉も伝えてくれているのに。
信じている。
それでも揺れるのは、自分自身の弱さ。
弱くて弱くて、情けない。




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あきゅろす。
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