カイとソウ《2》
*



苦しいなぁ、と思う。
掻き毟りたくなるような、苦しさ。
俯くと下駄を履く自分の爪先が見える。


人混みを抜けて夜店の裏へ回ると提灯の明かりもなくてけっこうな暗さ。
そこまで無言で歩いてきて、肩を抱く掌が離れた。
「ごめんね」
恢の人差し指を握って軽く引く。
「そーた?」
「…僕が」
人差し指が動いて指が絡め取られた。
持ち上げられて指先に恢の唇が触れる。
優しい、その仕草に喉の奥が苦しくなって…
滲みそうになる視界に慌ててしまう。
だって泣くようなことじゃない。
「そーた」
甘い甘い声が僕の名前を呼ぶ。
じわじわと心の奥に浸透していくみたいに広がって、やっぱり恢が好きなんだと再確認した。
「俺のだらしないトコ、見られちゃったね」
少し寄った眉間。
溜め息のような言葉。
そっと抱き寄せられてしっかりとした肩に額を擦り付ける。
「恢」
「なぁに?」
呼びかけた声は泣いているみたいに情けなく震えてしまう。
背中に回った腕の力が強くなってぴったりとくっつく。
感じる柑橘系の匂いと体温にゆっくりと息を吐いた。
「うぅん…なんでもない」
恢の背中に手を回してシャツを握る。
不安で縋りつく…なんて、そんなことをするとは思わなかった。
「恢。俺、先に戻ってる」
詠くんの声がして、身動いだら背中を宥めるように撫でられる。
「…悪い」
「うん」
恢の腕の中で詠くんは見えなかったけど、砂利を踏みしめる音が響いた。


暫くそうやって抱き締め合って、何となく体が離れていく。
「そーた」
右の目尻を唇が滑って軽く吸う。
ちゅ、と小さな音をさせて離れた唇はすぐに頬を撫でる。
「もう少し見てく?」
近くにある切れ長の目を見る。
「……ここでいい」
あの喧騒の中へ戻る。
そうしたら、また…恢は誰かに囲まれてしまうかもしれない。
「そーた…」
大きな掌が項を覆うように撫でる。
それに引き寄せられるように恢の胸にくっついた。
「浴衣、恥ずかしいし…ちょっと足が痛いし」
どちらも本当のこと。
でも我慢しようと思えば出来なくはないこと。
単に恢を独り占めしたいだけ。
「そっか」
「うん」
どこまで分かっているのかわからないけど、深くは追求されずに安堵した。
だって、こんなドロドロした自分は見せたくない。



恢に寄り掛かるように抱き締められて、耳元でする鼓動を聞く。
こんなに近くに居て、やっと安心する。
これ以上はどうやって近付いたら良いのか分からない。
「前髪上げると、かわいーね」
「…そう、かな?」
「そーたの顔が良く見える」
「ふぅん…」
額にかかる前髪は、どんな効果があるのか良く分からない。
あまりアレンジの効かない髪質だから、小さな頃から同じような髪型だし。
「かわいーから、俺がいないところではしないでね」
軽く触れた唇は小さな音をさせながら肌を滑る。
額からこめかみ、右の目尻、それから鼻先。
大事にされている。
甘やかされている。
それを感じるには十分な接触で。
嬉しいと感じて頬が緩んだ。
僕を見る恢の表情が驚いたものになって、それから蕩けてしまいそうな笑みを浮かべる。
「もー…かわいーなぁ」
ぎゅ、と抱き締められてゆっくりと息を吐いた。


カラカラと下駄が鳴る。
緩く繋がれた指を引かれて歩く。
時々触れる肩。
揺れる提灯とたくさんの人。
帰ろうか、と恢に言われてお祭りの中に戻ってきた。
きゃあきゃあ、という女の子の黄色い声。
軽く手を振って応えると嬉しそうな笑顔付きで歓声が返る。
「……」
校内で見かける恢の取り巻きよりあからさまな好意は気持ちが落ち着かない。
繋がった指。
緩いそれは誰かとぶつかったら簡単に離れてしまいそう。
なんだかそれはそのまま恢と僕の距離みたい。
「足は痛くない?」
「ん…大丈夫」
いつもよりゆっくりと歩くのは僕の為。
足が痛いと言った僕の為。
女の子たちと擦れ違う。
恢を見送る視線の熱さはそのまま隣を歩く僕を刺す。
その視線は恢の横に並ぶには相応しくないと、僕を責めているみたい。
俯いて、その視線から逃げる。


夜店も提灯も、せっかく着せてもらった浴衣も。
挫けてしまいそうな自分の心で褪せていく。




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