カイとソウ《2》
*

「箏太センパーイ!」

この数日、屋上に現れるようになった小野。
その度に恢の機嫌は急降下する。
今日は紺野先生に呼ばれているからまだ屋上へ来ていないけど。
だから自分でなんとかしなきゃなんだ。
だけど抱きつこうとする手を払いながら、睨んでも効果無し。
「も〜、照れなくてもいいですってば!」
「照れてないってば!」
落ち着いて弁当は食べられないし、恢とゆっくり過ごすことも出来ない。
イライラして食べかけの弁当を片付ける。
「箏くん」
伸びてきたヤスの手が僕の頭を抱き締める。
「あっ!ズルイ!!」
小野の文句はひとまず無視。
ヤスの肩に頭をくっつけると優しく撫でてくれた。
「箏太センパイ!そっちのセンパイは良いのにどうして俺はダメなんですか〜っ!!」
「うるさいよ」
パシン、と叩く音がしてヤスの声が響く。
「嫌がってんのに、わかんないの?」
僅かに含まれる怒気に驚いて顔を上げる。
「……箏太センパイの、なに?」
探るような小野に、ヤスは呆れたような溜め息を吐いた。
「友だち」
これ以上の何が必要なんだ?というヤスの迫力に小野が顎を引く。
普段は現すことがないそれは確かに実力者のもの。
下手にちょっかいは出せない相手と理解したのか、伸ばしていた手を引っ込めた。
それを見てヤスが体を離す。
「小野、だっけ?」
石崎の掛けた声は軽いもの。
「ぇ、はい…あの?」
「石崎潤也」
名前を言って腰を降ろしていた地面から立ち上がる。
「好きな相手が嫌がることはマズイんじゃねーの?」
「え?」
「箏くんが嫌がってるか恥ずかしがってるか、わかんない?」
キョトン、と石崎を見る小野の顔はまだ幼い。
「好きな相手だったらわかると思うけど」
石崎は淡々と言うと小野を見つめる。
「だ…って、箏太センパイは中学の頃から同じで」
「それは小野に対して?」
「誰に対しても…」
ちらりと僕を見る小野から目を逸らす。
「彼女さんが居た時期でも」
中学生の時の自分…
彼女は…
告白されて、付き合い始めた。
焦がれるようなモノがあったわけじゃないけど、ちゃんと好きだった。
「普通、男に触られても嬉しいわけないじゃん」
呟くように零したヤスに石崎は苦笑する。
「なぁ、小野」
「はい」
「箏くんに好きなヤツがいるとしたら、どうすんだ?」
小野と目が合う。
「俺を好きになってもらうように頑張る」
「相思相愛ってやつだったら?」
小野の目が見開かれる。
僕から石崎へ視線が移った。
「なぁ、恢?」
石崎の言葉に屋上のドアが開く。
機嫌が悪そうに眉間のシワが刻まれた顔。
僕ではなくて、小野に向く。
「山崎、恢…」
鋭い視線に小野が動きを止めてしまう。
「…恢」
掠れてしまった声だけど恢を呼べばすぐに僕の方へ来てくれた。
「そーた、弁当は?」
伸ばした腕は望んだように広い背中に回せた。
温かい胸に頬を擦り寄せれば旋毛に優しい感触。
「恢」
「ん、なぁに?」
抱き締められて、漸く深く息が出来た。
「…もう食べないの?」
それに頷くと恢が小さく笑って耳朶を食む。
「箏太センパイ…」
恢の体ですっかり見えなくなっていた小野の声。
「なん…なん、で」
恢の背中から手を離して一歩下がる。
「僕が好きなのは恢だから」
「箏太センパイ」
「だから、ごめんなさい」
俯いた小野は数回首を振って顔を上げた。
「信じらんねーって…」
「信じてくれなくてもいいよ」
「箏太センパイ」
小野が信じてくれなくてもいいんだ。
「木嶋センパイは、知っているんですか?」
「ミカは知ってるよ」
「どーして…俺のことは邪魔すんのに」
腑に落ちない、と険しい顔をしている。
「僕が恢を好きになったからだよ」
長い腕が絡む。
背後から抱き寄せられて体を預けた。
恢の鼻が僕の髪の毛に潜る。
「……諦めないです」
「小野…」
「俺、諦めないからっ」
そう宣言すると屋上から出ていった。
「そーた」
入っていた力が抜けた。
「はぁ…」
「そーた、かわいー」
今のこの状態で何を見てかわいーと思うんだか…
まったくわからないけど、抱き締められたままで腰を降ろす。
「ヤスと石崎、ありがとう」
そう言えば、正面に座った二人は優しく笑う。



──────

「箏太!箏太!」
職員室から出ようとしたら柊先生に声をかけられた。
「恢はまだ居るか?」
「あ、はい…教室に居ますよ」
「じゃあ、これ渡して欲しいんだけど」
深水学園の名前が入った封筒を渡された。
「はい」
頷いて、そういえばと柊先生を見る。
「恢の弟…先生のクラスなんですね」
「あ〜、詠ね!恢よりずいぶん素直なヤツだよなぁ…見た目は似てるけど」
「恢も素直…ですよ?」
「そりゃ、箏太限定だろ」
苦笑を零して僕の肩を軽く叩く。
「小野の方は大丈夫か?」
潜めた声に動きが止まった。
「え?」
「帰り際、死にそうな顔してたから」
「そ…ですか」
少し低い位置にある柊先生の視線と絡む。
「まぁ…小野には無理だろうな」
「え…?」
「箏太の相手」
そう言って、もう一度軽く肩を叩くと帰るように促された。

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