カイとソウ《2》
*



バタバタと廊下を行ったり来たり。
機材やらゴミやらを集めて片付けて、息を吐いた。
傾いた陽の光は日中の暑さは嘘だったみたいに柔らかい。
少し肌寒さを感じて開けていたジャージのファスナーを閉めた。
「終わり…かな?」
ぐるりと周囲を見回して頷く。
汚れてしまった手を洗うために水道へ向かった。


設置されている石鹸を使って泡立てると、思っていたよりも汚れていたみたいだった。
「……」
水の冷たさが気持ち良い。
ふ、と溜め息を吐いて水を止める。
グラウンドも校舎も生徒会と風紀委員、クラス委員が行き来しているだけでいつものざわめきがない。
職員室へ寄って紺野先生に報告をして教室へ向かう。
すれ違う生徒と挨拶を交わしながら階段を登った。
教室は誰も居ない。
残ろうとした恢を石崎に頼んで先に帰したから。
渋々と教室を出た恢にはすぐに女子が声をかけていた。
ジャージを脱いで制服に着替える。
慣れた動作なのに、やたら体が重たいのは行事が終わった後の独特なもの。
なんとなく。
うん、本当になんとなく。
恢のイスに座った。
そんなことしたって、恢の温もりとか柑橘系の香水とか感じることはできないのに。
「かい…」
冷たい机の感触がくっ付けた頬から伝わる。
どうしよう、と思う。
このまま浅ましい程の独占欲に支配されてしまったら。
どうやってコントロールしたら良いのかわからなくて。
…怖いんだ。

教室に差し込む陽の光が薄くなって、その代わり暗さが増す。
電気を点けていない教室は廊下側から暗くなる。
「…帰らなきゃ」
呟いたけど立ち上がる気力が出ない。


ぼんやりと窓の外を眺める。
夕方の赤い赤い雲がだんだん黒くなっていく。
最終下校を促す放送が流れる。
校舎が閉まっちゃう…
のろのろと頭を上げて、溜め息を吐く。
とーさんとかーさんも、こんな気持ちを乗り越えたのかな。
恋愛は、楽しくてふわふわしていると思っていた。
「こい…じゃ、ないから…かなぁ」
恋というには、もう濃くて重たい気持ちになってしまっているから?
立ち上がってイスを元に戻す。
「………」
そっと机を撫でて教室を出た。





──────

昇降口を出て校門へ向かう。
ポツポツと歩く姿が見えるのは、片付けで残っていた生徒。
「箏太センパイ!」
肩を叩かれて振り向いたら小野がいた。
「片付け、お疲れさまでした」
「…うん。小野も」
そう答えたら小野は笑顔になる。
「リレー」
「ん?」
「見てましたか?」
「見たよ」
頷いて、前を向く。
「なんか、俺…格好つけたのにさぁ」
ぼやくような言葉。
「ぜってー勝てると思ったんですけど!もー…あんなの反則!!」
「まあ…ね」
どこか欠点があってもいいのに、とは思うかも。
「箏太センパイさぁ」
左の肘を掴まれて足が止まる。
ぶるり、と震えた体。
「一緒に居て、しんどくない?」
「な、に」
小野の手を振り払って一歩後ずさる。
振り払った手を見つめた小野はまっすぐ僕を見た。
「アイツと居て、世界が違うとか思わない?」
そんなことない、と反射的に言い返すことが出来ずに唇を噛む。
「傍に居てしんどいなんて、一緒に居る意味ないじゃん」
「…っ」
ひゅ、と喉が鳴る。
きつく奥歯を噛み締めて手を握りしめて…

──その場から逃げ出した。








校門を抜け、街灯が点き始めた道を走る。
荒く乱れた鼓動と呼吸。
頭の中がぐちゃぐちゃで、逃げたくて…
あの場からも自分自身の気持ちからも。
全部、見たくない。
「ひ、ぁ…っ!」
突然掴まれた肩。
走ってきた体を急に止められて、掴まれた方向…後方へ引っくり返りそうになる。
思わずきつく目を閉じて、体を強張らせた。
ドスンという衝撃は背中。
襲ってくるはずの痛みは無く、その代わり背中は温もりに包まれる。
「ぇ…」
ちゅ、と頬から聞きなれた音。
目を開けると抱き締めるように回された腕が見えた。
「遅かったね」
食まれた耳朶からじわりと伝わる熱。
「…か、い?」
「うん」
「なんで」
「ん…?迎えに来たんだよ」
当たり前のように言って、また頬に柔らかな感触。
視線を巡らせると路地の端に止められたバイクを見つけた。
「ほら、帰ろ」
抱き締めていた腕が解かれて手を引かれる。
僕の眼鏡を奪うと手際良くヘルメットを被せてしまう。
乗るように促されてバイクの後ろへ跨がった。
シートのひやりとした感触。
「恢…」
「んー?」
バイクがこんなに冷えてしまうなんて、どれだけの時間を待ったんだろう。
僕の前に座った恢の腰にしがみつく。
「そーた?」
包まれた指先。
グローブ越しのそれはいつもと違うけど、包まれた強さが同じで…
鼻の奥がツンとした。
「………ちゃんと掴まっててね」
恢の指が離れるとバイクのエンジンがかかる。
全身に響くようなエンジンは震える体を隠してくれる。


「ホント、おばかちゃん」

呟いた恢の声は聞こえなかった。



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