カイとソウ《2》
*


土を蹴ると撒き上がる砂。
その音が聞こえてきそう。
一歩進む度に悲鳴のような声が上がる。
祈るように手を組んで、恢の名前を叫ぶ女子の姿。
真っ赤なその顔は今にも泣き出してしまいそう。
全身から溢れるような恢への恋情。
まっすぐに向けられるその思いは決して軽いものではない。

真剣に走る恢の表情は見たことのないもの。
僕を見つめる時とは違う。
モデルとして雑誌に載っている時とも違う。
初めて見る表情。
まっすぐに前を見て、逸らされることはない。
その瞳に僕が写ることはないんじゃないかと、思ってしまう。
そこに居るだけで周りの視線を集めてしまう。
そんな、ひと。
僕が隣に居てもいいのかな。





「遠い、なぁ」





思わず漏れた言葉は歓声に掻き消されたみたい。
隣に座るヤスの耳にも届かなかったらしい。






恢の赤い舌が小さく覗くと唇を滑った。
小野の背中を捉えたんだ。
小さく笑ったように見える恢の表情はまるで肉食獣。
ギラギラとして、でも…綺麗だと思う。



「凄いよ!箏くんっ、凄いよっ!」

ヤスの手が僕の肩を掴む。
頷いて、でも声が出なくて。
吐く息が震えて。
膝の上に置いていた手を強く握り込む。
掌に爪が食い込むような痛みを感じる。
だって、そうでもしないと叫んでしまいそうで。
恢、と。
誰も恢を見ないで、と。
幼稚な独占欲で暴れだしてしまいそうだから。
恢が一歩進む度に躍動するように筋肉が動く。
どよめくような歓声は一歩一歩確実に小野との差を詰めているから。


「あ!追いつく追いつくっ」


最終コーナーに差し掛かった辺り。
恢が小野の真横に並んだ。
ここから見てもはっきり分かるくらい、小野はギョッとした表情になった。
キツイと有名な水泳部に所属する小野は普段から体を鍛えている。
オフシーズンには相当な距離を走り込む。
持久力に自信があるはず。
それなのに、帰宅部の恢に追い付かれた。
そんなことは考えていなかったと思う。
先ほどの自信に溢れた挑発からも、それは窺えるから。

恢は…
横に並んだ小野を全く見ず、視線はまっすぐ前。
まるっきり眼中には無いようで。
コーナーを回りきった所で体をかわすように小野を抜いた。
耳が痛くなるほどの歓声。
喉の奥がきゅうっと締まる。
吐いた息が震える。


「……っ」


恢の背中を追う形になった小野は悔しそうに顔を歪めた。
少しずつ、でも確実に差は開いていく。
何がそんなに違うのかわからないけど。






「やったーっ!箏くんっ、勝ったよっ!!」

ヤスに抱き締められた。
かくかくと揺らされる体。
目は恢から離せなくて…
やっとのことで頷いた。

ゴールした恢の体に飛び付いたのは石崎。
笑って、それから頭を小突いてハイタッチして。
楽しそうに笑う恢に先ほどとはまた違った悲鳴が上がる。
そうやって年相応の表情を見せることは、珍しい…らしいから。
同じチームの生徒とハイタッチを交わしていく。
それから…
近くにいた奏くんの頭を軽く撫でて一言二言交わす。
真っ赤な奏くんはやっぱりかわいらしくて、そんな奏くんを見る恢の瞳も優しい。






握り締めた掌が、震えた。






僕だけを、見て。



[*back][next#]

6/12ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!