カイとソウ《2》
*

じわりと滲んだ恢の顔。
長い指が右の目尻を撫でる。
唇を噛み締めると切れ長の目が優しく細められた。
「そーた」
小さな声が僕を呼んで、それから抱き寄せられた広い胸。
触れた頬から感じる恢の鼓動。
規則正しい音は安心する。
「あのね」
「うん。なぁに?」
僕を甘やかす声。
僕も好き、という言葉は出てこなかった。
だって、恢の表情があまりにも優しくて蕩けるみたいだったから。






ほんの少し浮上した気持ちになって昼休みを終えた。
屋上からの階段を降りて昇降口へ向かう。
隣を歩くヤスとぽつぽつ会話をしながら。
ふ、と前を向いたヤスの口が『あ』の形で固まった。
ヤスの視線の先に居たのは…
「…小野」
「箏太センパイ!!」
駆け寄ってきた赤茶の髪の毛。
あ、と思った時には目の前に居た。
「俺、スウェーデンリレーでアンカーするんです」
「…うん」
詠くんから聞いていたけど、本当だったんだ。
小野の瞳が僕を通りすぎて止まる。
それからギラリと光ったそれは挑発するような色を湛えていた。
「俺、ぜってー負けないから」
「え?」
「だから、箏太センパイ」
ス、と動いた視線は僕を捉える。
「ちゃんと見ててくださいね」
まっすぐに僕を見て、強い口調で言い切ると早足で去っていった。
「すっげぇ自信」
石崎の声に振り返る。
眉間にくっきりとしたシワを刻んだ恢と小野の背中を見ている石崎。
「んで?どうするんですか、恢くんは」
恢の肩に腕を引っ掛けた石崎に問われて舌打ちをした。
「たまには本気出せ、てことでしょ」
ヤスの声にこちらをみた。
うん、機嫌悪い。
「いいじゃん。きっちり勝って、箏くんに惚れ直してもらえば」
肩に乗った石崎の腕を払うと僕の前に立つ。
「そーた」
「ぅ、…ん」
ぎこちなく頷くと、恢の指が頬を撫でる。
「俺だけ見ててね」
真剣な表情でそんなことを言った。



クラス席に座った恢の機嫌は悪いわけではない。
ただ…
「ねぇ」
「なぁに?」
僕のイスの背凭れに肘を置いて、頬杖をついている。
なんか、こう。
触れてるわけじゃないけど、背中からじわりと体温が伝わる。
「近いと、思うんだ」
「そんなことないよ〜」
「………」
そんなこと、あるってば。
覗き込む顔がなんだかそのままキスしちゃいそうな距離で息を止めた。
恢の隣の席に座る守野がからかう。
それでも離れることはなくて、守野を軽くあしらった。
そんな恢に笑って肩を小突いて僕を見る。
「山崎も大変だな」
「……そんなこと、ないよ」
あれ、この言葉…
さっき恢が言ってたな。
グラウンドで行われている教職員と来賓の綱引きを眺めながら思った。
あ、柊先生楽しそう。




──────

恢が腕を上げて体を伸ばす。
「んー…っ」
気持ち良さそうなその声にどきんと心臓が跳ねる。
なんか…
うん、あの…ちょっとエロいとか思ってしまって。
視線をふらふらとさ迷わせていると、前の方に座る石崎も伸びをしている。
「潤也」
「おー」
恢の呼び掛けに立ち上がってこちらへやって来た。
「そろそろ行くか」
そう言いながら恢の肩をポンポンと叩いて笑う。
頷いて立ち上がった恢は僕の髪の毛をくしゃりと掻き混ぜて整える。
「そーた」
「うん、応援してるね」
見上げた恢は柔らかく目元を和ませると少しだけ口角を上げる。
「ちゃんと、見ててね」
人差し指が眼鏡を軽く押し上げて右の目尻を撫でた。
甘い甘い微笑は僕だけのもの。
抱きつきたい衝動は手を固く握り締めて抑えた。


恢と石崎が席を離れてすぐにスウェーデンリレーの集合を知らせる放送が入った。

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