カイとソウ《2》
*



「いってきます」
「気をつけてね」


恢とそんなやり取りをしたのは数分前。
クラス委員と書かれた緑の腕章を着けて歩く。
すれ違う風紀委員やクラス委員と挨拶を交わしながら校舎の裏へ回った。
人の気配はないし、異常もない。
そもそもこんなところへ来る用事がない。
そのまま非常扉を潜って校舎へ入る。
さっき恢と入った校舎ではないけど、やっぱり一階のトイレ以外は立ち入り禁止。
それぞれの教室には鍵がしてあるけど、それくらい。
厳しくない校則のわりにあまりやんちゃをしない深水の生徒だからこそ、なのかも。
そんな静かな廊下を歩いて昇降口へ向かう。


その途中にある男子トイレから複数の声がした。
まあ、ここは一階だし問題はない。
だからそのまま通りすぎようとした。
立ち止まったのは興奮したような声が恢の名前を呼んだから。
格好良いよな、みたいな内容で恢のファンだろうと思って息を吐いた。
こういう内容は特に珍しいものでもないし。
だけど聞こえてきた言葉に動けなくなった。

──あのいつも一緒に居るヤツ、恢さんに似合わないよなぁ!
──だよな!?
──頭良いらしいからさぁ、便利なんじゃね!
──ああ、なるほどねっ
──じゃなかったらさぁ、恢さんがあんなヤツ傍に置くわけないじゃん
──だよなぁ!

わぁ、と盛り上がる声。
「………」
床に張り付いてしまいそうな足を叱咤しながらトイレから離れた。
ああいうことを直接言われたことはない。
いつも恢が居るから。
居ない時は石崎が傍に居てくれる。
「……守られてばっかり」
俯いてしまった顔を上げる。
悔しいと思う。
自分のことを自分で守れないなんて。
だから、ああいうことを言われるんだ。





──────

クラスの席へ戻った。
イスに座って息を吐く。
隣の席は空いている。
恢のイスを挟んで座る守野が話しかけてくる。
うん、と頷いて笑う。
言葉を返す。
いつもと…同じように。
それなのに、どうしてだろう。
僅かに感じる息苦しさとぼんやりとした周りの音。
視線を下げて地面を見つめた。



それから数分で戻ってきた恢。
僕を見つけると笑ってくれるから、だから僕も笑う。
「おかえり、そーた」
「うん、ただいま。恢もおかえり」
「ただいま」
イスに腰を降ろすと頭を撫でる。
「恢はどこ行ってたの?」
「あー…、うん。ちょっと」
珍しくはぐらかすような言い方をすると困ったように笑った。
だから聞いた自分がイヤになる。
だって、わかったから。
普段の生活でも恢は呼び出されて告白される。
今日みたいな行事の時は普段よりも増える。
そういうことをすっかり忘れてしまうくらい、恢に守られてるということ。
「見回りは大丈夫だった?」
尋ねられたことに動きが止まる。
「そーた?」
「ん、大丈夫」
覗き込まれて頷いた。
「校舎の中は涼しいよね」
「…そうだね」
和らぐように細くなった瞳。
優しいその色に喉の奥が苦しくなった。
滲むような視界はいやでグラウンドへ向ける。
盛り上がり、響く歓声は別の世界みたい。






──────

午前の最後の競技は騎馬戦だった。
去年と同じように体の大きい生徒が馬になっていて、なかなかの迫力。
委員会で見た顔や所謂有名どころの生徒はちらほらいるものの、帰宅部の僕は親しい後輩はあまりいない。
だからその中で詠くんや奏くんの姿を見つけると、やっぱり嬉しい。
その、詠くんは…というよりも柊先生のクラスは気合いが凄かった。
恢と石崎は少しだけ遠い視線になって苦笑い。
「だって柊先生、負けず嫌いだから」
総括するようなヤスの言葉に頷いている。
「負けず嫌いとか、そういう問題?」
「そういう問題なんですよ」
そりゃもう深ぁぁあく頷くヤス。
なんというか…
「楽しいクラスだったんだね」
「結論そこ!?」
石崎の大きな声に驚いた。
「潤也、声デカイ」
恢がそう言って僕の頬を撫でる。
その長い指が右の目尻を滑って髪の毛を掻き混ぜた。
甘やかす仕草はいつもと同じ。
それをじっと見ていたら恢が首を傾げる。
「そーた?」
「うぅん」
恢を疑うわけじゃない。
信じていないわけじゃない。
恢の僕に向けられる視線の熱量は変わらないから。
ただ、このままでいいわけないと…思うだけ。
恢と、それから石崎の負担にしかならない自分は…
「しっかりしなくちゃ」
「そーた?」
そういうことなんだ。



食べ終わった弁当箱を片付けて一息吐いた。
「ねぇ、そーた」
覗き込む恢の瞳はまっすぐ僕を見る。
あんまりにもまっすぐだから、固まってしまう。
「さっきの見回り、何かあった?」
小さな声。
でも真剣な声。
恢の瞳をじっと見る。
「何も無いよ」
はっきりと、そう告げた。
僕を見返す恢の瞳に飲み込まれてしまいそう。
「そーた」
「ん?」
くしゃり、と長い指が前髪を掻き混ぜる。
優しいその感触が気持ち良い。
それから撫でるように前髪を整えて、いつもなら離れていくのにそのまま頭に留まっている。
「か、い?」
恢の掌の重さと温かさ。
擦り寄ってしまいたい衝動を堪えて見つめ返した。
覗き込むような瞳。
「っ!!」
微かに動いた唇が紡いだ言葉に息が止まった。
「…ね?そーた」


──すきだよ





心臓が…
ぎゅう、と締め付けられたような。
そんな、気がした。



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