カイとソウ《2》
*


もくもくと空高く立ち上がる入道雲。
差すような太陽の光。
「真夏みたい」
見上げた空は眩しくて、目を細めた。





体育着の上からジャージを羽織る。
ジャージは暑いかな?
それくらい良い天気。
「そーた、行こ」
「うん」
恢の掌が肩を包む。
体育着越しの温かさに頬が緩んだ。
「なぁに、かわいー顔してんの」
覗き込んだ恢だって緩んだ顔。
「恢の手が温かいなぁ、て」
「………」
口を閉じた恢の表情は真面目そのもの。
「恢?」
「もー、朝から煽らないの」
「え、あお…?」
「覚悟してね」
よる、と唇が動く。
「!!」
いやらしさを滲ませた笑顔は男っぽくて、心臓の鼓動が跳ね上がる。
まぁ、僕だけじゃなくてそれを見た周りの女子も悲鳴を上げたけど。
「恢も」
「ん〜、なぁに?」
「そういう顔、外でしたらだめ」
だって僕だけに見せて欲しいから。
「ぅわあ…っ」
突然真っ暗になった視界。
体に絡むように回された腕。
抱き込まれた先はもちろん恢の胸で。
「ちょ、ちょっと恢っ!」
ジタバタと暴れても緩まない腕の力。
どうしてこんなに力に差があるかなぁ。
「かわいーことばっかり言ってると、ここで犯すからね」
「だめっ」
潜めた声に即答した僕をもう一度きつく抱き締めると解放した。
「俺ねぇ、昨日大人しくしてたから溜まってんだよね」
隣を歩きながらそんな爆弾を落とす。
「だって…」
「うん、今日は体育祭だからね〜」
そう。
そういうこと。






開会式を終え、指定された場所へ置かれたイスへ戻る。
座った途端に恢の周りは女子で固められた。
出席番号順に並べたイスは、もちろん隣に僕のイスが置いてある…けど。
クラス委員の集合から戻ったら埋まっていて。
「………」
わかっていたけど、溜め息が漏れた。
恢の隣まで辿り着くには女子を掻き分けて行かなくちゃいけない。
それは相当の勇気と労力が必要。
「箏くん」
ぽん、と肩を叩かれて振り向くと石崎が立っていた。
「あれ…何してんの?」
「便所」
「ぁ、うん」
石崎は恢の様子を見て苦笑いをしている。
「相変わらずというか、なんというか」
「…だね」
「周りの必死さが痛いけど」
「え?」
ぽんぽん、と僕の肩を叩くと腕を掴む。
「おーい、箏くん困ってんぞ〜」
「石崎…?」
女子に声をかけながら進んでいく。
軽く頭を小突いたり、肩を叩いたり…
声をかけられた女子は笑顔で場所を空けてくれる。
「そーた」
さっきまで埋まっていた僕のイスは石崎の声かけで空いている。
嫌な気分にさせないように話を進める石崎の上手さにただただ感心。
恢に手を引かれて腰を下ろすと、石崎は肩を叩いてあっという間に自分のイスへ向かった。
「あ…」
お礼、言ってないのに。
くしゃくしゃと髪の毛を掻き混ぜる長い指。
「後でお礼…言わないと」
「うん、そうだね」
頷いた恢の声が優しくて、ほっと息を吐いた。
「見回りは?」
「11時くらいに行ってくる」
「そっか」
風紀委員とクラス委員が交互に行う見回り。
それぞれが15分程で終わるもの。
見回りと言っても、学外の人間は来賓くらいだしゴミ拾いとか用具の整理がメインだけどね。
「俺も一緒に」
「だめ」
言うと思ったけど、だめです。




各学年でメイン競技がある。
例えば1年生は借りもの競争。
障害物なんかもあってけっこう大変なもの。
2年生は総当たりの騎馬戦。
ちなみに去年は恢と石崎と守野の騎馬に乗せられて、逃げまくった。
で、3年生は全学年の代表が出るスウェーデンリレー。
これは毎年、トリなのでまだまだ。
今は借りもの競争が行われている。
「あ、奏くんだ」
緊張しているのか俯いているけど間違いない。
スタートの合図で走り出した奏くん。
出だしはまずまず。
平均台を慎重に渡って10段の跳び箱を越える。
「……大変そう」
飛び付いてよじ登る姿がなんだか庇護欲を誘う。
順位どうこうじゃなくて、奏くんを応援する声が大きいのはやっぱりかわいいからだよね。
借りものが書かれた紙を拾い上げるとキョロキョロとしている。
「何て書いてあるんだろうね」
「んー?」
恢の体がズルリと下がる。
だらしなく座って、でもそんな姿も様になってしまう。
そのまま頭が僕の肩に乗る。
ふわり、とシャンプーの香りがして心臓が跳ねた。
「……恢、寝ちゃだめ」
「ダイジョーブ」
表情はわからないけど、機嫌の良さそうな声。
恢くんかわいー、とか。
うらやましい、とか。
そういう声がするということは表情も柔らかいんだろうなぁ。
「ぁ…あれ、こっち来るよ」
「え?」
白い紙を握りしめた奏くんがこちらへ走ってくる。
体を起こした恢と目が合う。
グラウンドと座席を区切るロープを跨ぐと困ったような瞳とぶつかった。
「あの、あのっ、恢先輩!」
「え、俺?」
呼ばれて立ち上がった恢に視線が集まる。
「すみません…」
ペコリと頭を下げて白い紙を渡す。
「有名人」
「はい!なので、お願いしますっ」
もう一度、頭を下げた奏くんに苦笑を向けると頷いた。
「いってくるね」
「うん」
軽く髪を掻き混ぜると奏くんに近付く。
恐縮して何度も頭を下げる奏くんに笑いかけてロープを跨いだ。
周りの女子も男子も関係無く奏くんのかわいらしさを口にする。
……近くで見てもかわいいもんね。
ざわついたクラス席。
奏くんと並んで走る恢は何か話しているのか時々笑う。
その恢の笑顔にざわめきは広がっていく。
どすん、という音が相応しいような勢いで恢のイスが埋まる。
「すげぇシワ」
振り向いたら笑顔の石崎がいた。
「え?」
「眉間、シワすごいよ」
「あ、…うん」
咄嗟に隠した眉間に石崎は更に笑う。
「あれ、愛想笑いの一部だろ」
歓声の中でも石崎のはっきりした口調は聞き易い。
だから思わず見つめてしまった。
「あの顔で無愛想とか、すっげぇ怖いだろ?」
「……まあ」
確かに怖いよね。
造作が整っているから尚更。
無駄に迫力がある。
「恢にしてみたら、箏くんがそうやって気にすることの方が嬉しいんだろうけど」
「ぅ」
恢に言われても恥ずかしい内容を石崎に言われるのは、なんというか…とっても恥ずかしい。
「箏くんはどーんと構えとけって」
小突くように叩かれた肩。
痛くないそれは、なんだかとっても優しくて。
「ありがと」
「おう」
「あと、さっきも」
「あ?」
「…ありがと」
「おー?」
不思議そうな顔をした石崎に、強張っていた体の力が抜けた。


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