カイとソウ《2》
*




さらさらと音も無く降る雨はなんとなく寂しい。
窓の外を眺めていたら髪の毛を掻き混ぜる指を感じて振り返った。
「どーしたの?」
肩越しに覗き込んできた恢に笑いかける。
「うん…なんか、静かだなぁと思って」
教室にはいつもの休み時間通り人はいるんだけど、降る雨と同じようにさわさわとしてるから。
椅子に座って僕と同じように窓の外を眺める恢。
「雨、止むかなぁ」
「明日の天気は晴れだったね」
「ん…」
頷いて、また窓の外を眺める。

明日は体育祭。






──────

ケータイを見ていた恢が僕の肩を叩く。
「ん?」
「槇原さんがさ」
はい、とケータイを渡された。
見ていいの?
恢が頷いたのを確認してケータイに視線を遣る。
メール画面には細かなスケジュールが書かれていて、そこは流していく。
「え…、ぇと」
目が止まった箇所。
槇原さんの連絡先を僕に教えて欲しいこと、出来れば僕の連絡先を教えて欲しいことが書かれていた。
「僕の?」
なんで、かな?
恢を見ると少し笑む。
「撮影時間てさ、けっこう変更あるから」
「うん?」
対人との仕事だから、それは何となくわかる。
「直接そーたの家に行くこともあるから、終わる時間が分かった方が良いんじゃないか…という提案」
「…いいの?」
長い指が頬を摘まむ。
むにむにと摘まんで、それから撫でる。
「槇原さんとしては俺の手綱はそーただって気付いたんだろうね〜」
「手綱?」
眼鏡のフレームをなぞるように指が滑って前髪を梳く。
「そーたが俺の原動力」
微かに触れる指の感触が気持ち良い。
思わず緩んだ頬に恢が笑う。
「はー…、ピンクピンク〜」
呆れたような石崎の声がすると、椅子をガタガタさせて座った。
「潤也もしてくれば?」
「しねぇよ…っ」
がっくり項垂れる石崎に恢は笑う。
「もー…、箏くんもキョトンとしてないで何とかしてくれよ」
「……え、と」
恢をチラリと見たら蕩けてしまいそうな瞳とぶつかる。
「無理…です」
自覚できるほどに顔が熱くなって目を逸らした。
だけど軽い感触で頭を撫でられて、嬉しくて。
「かーわいー」
恢の小さな囁きはしっかり届く。
「……ったく、このバカップルが」
「羨ましいなら、ヤスのとこ行ってこい」
「行くかっ」
恢と石崎のこういう言い合いはいつものことだけど、それを聞いているのはやっぱり恥ずかしい。
まったく、と呟いた石崎はそれ以上は突っ込まない。
引き所というか、そういうのを読むのが上手いと思うんだ。
「そういやさ、こないだ休んだ時の仕事」
「あぁ」
「あれ、いつ出んの?」
「……たぶん、夏休み前」
「撮影してから早くないか」
「んー、まぁ」
撮影から世間に露出する期間はだいたい数ヵ月後なんだとか。
中間考査の後にあった撮影は何やらゴタゴタしたせいでタイトな日程になって、学校も休んだ。
「なんでだ?」
「予定してたモデルにスポンサーからダメ出しがあって、仕切り直したらしいから」
「…そーなんだ」
「あぁ」
石崎との会話を続けながら、恢の指は僕の髪を梳いている。
「…モデルさん、綺麗だった?」
髪を梳く気持ち良さにポロリと零れてしまった言葉。
あ、と思ったけど遅かった。
恢と石崎が驚いたような表情をしたから。
「あ…っ、ぁ…や!何でもないからっ」
慌てて取り繕うように否定してみたけど、恢の表情がゆるゆると緩んでいくのに遅かったと気付く。
「も…箏くんさぁ、なにその天然な発言はー…」
がっくりと項垂れた石崎。
髪の毛を梳いていた長い指が絡むように後頭部を包む。
軽く引き寄せられた恢の肩口。
ふわりと漂う柑橘系の匂いに力が抜けた。
「そんなかわいーこと言って、知らないよ?」
潜めた声は楽しそうで、余計に恥ずかしさを誘う。
「ばかっ」
胸を軽く押すとすぐに離れた体。
自分で押したのに離れたくないなんて、自分勝手な思い。
「……あれ。マネージャーに箏くんの連絡先教えんの?」
机に放置していた恢のケータイを見た石崎が言う。
「そのつもり」
頷いた恢の指が髪の毛から離れていく。
それを目で追う。
「箏くんもその方がいいよな〜」
なぁ!と言われて首を傾げた。
「恢が休んだ時の箏くんは色気ダダ漏れで隙だらけだったし、な」
「そんなこと、ないし…」
「そんなことあったろー。俺ですらそう思ったんだから、他の奴らにはかなり刺激が強かったんじゃねぇの?」
「気のせいだってば」
恢の机に頬杖を付いて僕を見る石崎から顔を逸らす。。
僕をじっと見る恢の視線を感じたけどそれも気付かないふりした。
だって、あんな風にグダグダになってしまった姿はあまり知られたくない。
「そーた」
「…うん」
ケータイを持った恢の指が動く。
「そーたの連絡先、槇原さんに送ったから」
「うん」
「槇原さんの連絡先はメールしたよ」
「ん」
手に持っていたケータイはバッグの中に仕舞われる。
それと入れ替えるように僕のケータイが鳴った。
メールの着信者はもちろん恢。
「………」
いま話した通りにマネージャーの槇原さんの電話番号とメールアドレス。
それから…

──誰にもエロかわいー顔、見せないで。

顔を上げたら恢と目が合う。
少しだけ細められた瞳は情欲で滲んでいるみたい。
綺麗な弧を描いた唇がゆっくり動く。

「ね、そーた?」




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あきゅろす。
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