カイとソウ《2》
*


「あ、美味しそう!」
カツサンドを詰めた弁当箱を覗き込んだヤスが言う。
「食べる?」
「うん!」
交換こ〜!、と楽しそうに言うと僕の弁当箱に春巻きと卵焼きが置かれた。
「春巻き、ヤスが作ったの?」
「うん。下拵えしとくと楽だね」
それに頷いて春巻きをかじる。
「美味しい」
ふわりと広がった胡麻油の香り。
にこにことしたヤスの顔がパァ、と輝く。
こういう素直なとこ、かわいーなぁ。
石崎が構いたくなる気持ちが良く分かる。
カツサンドを頬張って、もくもくと動く頬を突っつく。
湿度と気温が高くなってきて、屋上はそろそろ無理かなぁと思うこの頃。
とりあえず、今日は日差しが柔らかで風が涼しかったから屋上へ上がってきた。
夕方からは雨の予報だったなぁ。
「それでさぁ」
「ん?」
「どうして恢は拗ねてるの?」
「え、と…」
あ、石崎のこと叩いた。
すぐに叩き返されたけど。
バタバタと暴れる大きい体が2つ。
それを視界の端に入れたまま俯く。
だって、さ。
「昨日の夜、恢が家に来て」
「んーと…昨日はウォーキングのレッスンだっけ?」
「うん」
「それで?」
「それで泊まって、あの…シたわけじゃないんだけど」
「…うん」
「朝、弁当作ってる時にかーさんがね」

──箏太と恢くんて本当にラブラブなのねぇ

「あぁ…、聞かれちゃったんだ」
ヤスの視線が遠くなる。
はっきり言われたわけじゃないけど、わざわざ恢に聞こえないように言う辺り…
かーさんの気遣いなのか、何なのか。
それでも言われた僕は堪らなく恥ずかしくて、朝から恢と話をするどころか殆んど目も合わせてない。
そのせいで恢は拗ねてしまって石崎に八つ当たりをしている、と。
「まぁ…あの2人はさ、あれがスキンシップの一部みたいなもんだから構わないと思うけどね〜」
のんびりとしたヤスの言葉を聞きながら、僕とヤスの前で繰り広げられている頬の引っ張り合いをぼんやりと眺める。
「恢の機嫌は箏くんが抱きつけば治るでしょ」
「う」
「気にしてるなら、どーぞ?」
そりゃまあね、ヤスと石崎の前で今さら取り繕ってもどうなんだと思うけど。
「もー、仕方ないなぁ!」
手早く弁当箱を片付けるとバッグに放り込んで立ち上がる。
「ヤス?」
「恢にはちゃんと言った方が良いよ」
けっこう無頓着だから、そう言ってバッグを持って石崎の後ろへしゃがみこんだ。
「潤也〜」
「あぁ!?」
あ、ガラ悪い。
当たり前か。
朝から恢に八つ当たりされ続けてるんだもんね。
ごめんなさい、と心の中で頭を下げる。
「ほら、行くよ」
ヤスが石崎の手首を引く姿はかなりほのぼのとしている。
……と、思ったんだけど。
「ぃでーっ!ちょ、こらっ、離せ…っ!!」
目に涙を浮かべてヤスの手を振り切ろうとする石崎にヤスはやっぱりヤスだった…なんて納得した。
石崎の分のバッグを持つとあっという間に屋上から消えてしまった。
恢と僕の間には微妙な距離がある。
「あの、さ」
所在無さげに前髪を掻き上げた恢と目が合う。
「こっち…座らない?」
先程までヤスが座っていた僕の左側。
そこをチラリと見ると立ち上がって、僕の隣に腰を降ろした。
ふわり、と感じた柑橘系の微かな香り。
それと恢の体温。
たったそれだけのことだけど、羞恥にカチカチに固まっていた気持ちが解けていく。
「恢、あの」
それでもヤスが言ったみたいに抱きつくことは出来なくて。
恢の長い指をそっと掴んだ。
「……そーたのおばかちゃん」
指同士を絡めるように握って引き寄せられる。
恢の胸に飛び込むとぎゅうぎゅうと抱き締められた。
「俺、そーた不足だから」
「え?」
「全然足りてないから」
ひょい、と抱き上げられて恢の足に乗せられる。
「そーたが冷たくて寂しかった」
「恢…」
「俺、そーたが傍に居るのに遠いとか…もう勘弁だよ」
恢が何を指してそう言ったか。
ズキンズキンと痛みが胸を支配する。
僕が、恢とのことを忘れてしまったことを…言ったんだ。
「ご、めんな…さい」
俯いた僕の頭に乗る大きな掌。
ゆっくりと髪を梳く指の感触が気持ち良い。
「そーた」
呼ばれて顔を上げると恢と目が合う。
とろとろと熱が蕩けるような瞳が僕を見る。
「ぁ…ふ、ンん……かぃ…かい…」
くちゅくちゅと舌の絡まる音が響く。
粘膜同士を擦り合わせているとじわじわとした熱が生まれる。
それが澱のように沈殿していって、溢れてしまうんだ。
恢の首に手を這わせるとさらりとした髪に触れる。
それにもっと触りたくて指を差し込むと恢が笑う。
一瞬だけ弛んだ空気。
「そーた、かわいー…」
唇を擽る言葉。
「ばか」
それから、覆うように食まれた唇に夢中になったのは僕の方。


大きな掌。
長い指。
それが僕と恢のモノを一緒に握る。
熱くて硬いソレが擦れる度に僕はだらだらと先走りを零す。
持っていて、と言われたハンドタオル。
それを被せて僕が手を添えている。
「…ぁ、ああっ…ゃ…あっ!かい…も…出ちゃ」
「んー…、俺も…出る、よ」
ぐっと質量を増した恢のモノにつられるように僕の体温が跳ね上がる。
噛みつくように唇を合わせて、漏れてしまうお互いの声を飲み込んだ。





──────

「今日も仲が良いことで」
職員室のドアを開けたらちょうどそこに居た柊先生からそんな言葉。
「羨ましいでしょ?」
「ンなわけあるか」
恢の軽口に笑いながら返して僕を見る。
「リレーか?」
「はい」
「こいつらどうなった?」
「石崎がクラス代表で恢がアンカーです」
「やっぱりな〜!」
楽しそうに笑って恢の肩を叩く。
それには憮然とした表情をした恢だけど、されるがまま。
「今まで上手く逃げられたみたいだけど、残念だったな」
「…うるさいし」
いつ見ても思う。
柊先生と居る時の恢はいつもより幼くなる。
甘えてるわけではないだろうけど、少なくとも気を許してる。
僕と一緒の時とは、やっぱり違う。
話を続ける2人から離れて体育委員の顧問の席へ行った。
席を外しているようだったから隣の先生へ一言断って、リレーの出場者を書き込んだプリントを机へ置く。
まだ話している恢と柊先生の傍へ戻ると恢が前髪を撫でる。
「恢?」
「ん、教室戻ろ」
「うん」
そっと触れる指がもどかしいくらい優しい。
屋上では少しきついくらいの力で抱き締めてくれたのに。
「…箏太、あのなぁ」
腕からポン、と音がする。
柊先生に軽く叩かれたんだ。
「ぇ、はい」
「柊先生、言ったらだめ」
「え?」
「お前は……まったく」
盛大な溜め息を吐いた柊先生。
それからなんだか満足そうに微笑む恢。
「恢、なに?」
「なんでもないよ〜」
教室に戻ろうと促されて頷く。
柊先生は呆れたような、でも少しだけ笑っていた。

「恢、さっきの」
「なぁに?」
「…柊先生は何を言おうとしたのかな」
「んー…」
少し考えるようにして、でもそりゃもう綺麗に笑った。
「そーたがかわいーね、てことだよ」
「………なに、言って」
恢が楽しそうに笑って僕の肩を抱く。
そうやってすると、廊下にいた女子が騒ぐ。
「ホントだよ」
近くなった顔。
触れた場所から流れ込む体温と、ふわふわ感じる柑橘系の匂い。
「そ…いうことばっかり、言う」
「だって、ホントのことだからね」
「ばか…」
熱くなってしまった頬を隠したくて、俯いた。



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